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鉄研忘年会(後編)

 吉塚到着後、しばし列車の撮影会をしてから友人ゲートを通って改札を出場。博多から160円の切符を記念にもらった謎の集団として認知されたかもしれない。ここから先は夕方の「食い会」まで適当に行動する。僕はOz君といつものコンビを組んで、ひとまず福岡市地下鉄箱崎線の馬出九大病院前駅に移動。吉塚からはまっすぐに歩いて徒歩5分。途中で県営東公園のそばを通る。ちょうど道路から日蓮聖人の大きな像が見えて驚かされるが、これは東公園の敷地に隣接しているだけで、別に県営公園内に建っているわけではない。しかし地図で見ても航空写真で見ても東公園と一続きになっているようにしか見えない。ちなみに東公園にあるのは亀山上皇の像の方である。デカい像が2体も見える公園は福岡市内でもここだけ。

292列車 普通 貝塚行:2000系第20編成

 馬出九大病院前では、駅事務室の中に僕が大いに興味を寄せている装置が見えた。すなわち、馬出九大病院前の信号・転轍機を司る継電連動装置と連動制御盤。当駅の中洲川端方に折り返し用の渡り線があるため、それに関する信号(場内・出発・入換)を取り扱うためのものである。通常は総合指令所(姪浜か、はたまた交通局の本部がある赤坂か)から一括制御しているため、この制御盤の出番はない。ホームから見ると入換信号機に加え、1番線(貝塚方面)から中洲川端方面に折り返す列車のためのCRTモニター装置もきちんと設置されている。しかし、ここでの折り返し列車は箱崎線開業以来、一度も設定されたことはない。そもそも臨時需要があるとしたら、1駅貝塚寄りの箱崎宮前の方である。

 馬出九大病院前でどちらに進むか迷う。ちょうど貝塚方面と中洲川端方面の列車が同時刻だったので、「2000系がやってきた方の列車に乗ろう」とか、「編成番号が13以上だったらこっち、12以下だったらこっち」などとくじ引きのように選び方を考えていたが、ちょうどやって来た貝塚行の列車が2000系第20編成だったので、文句なく貝塚方面で決まった。列車に揺られて3駅、7分で終点の貝塚に到着。

1506列車 普通 新宮行:600形608編成

 貝塚からどうするかを考え、西鉄貝塚線を何駅かたどることにする。貝塚線に乗るのは6月5日以来。この日、鉄研と同時に所属していた落語研究会から撤退し、最後の借り物を返却しに九州大学箱崎キャンパスを訪れたその足で乗りに行った。その日は偶然にも西鉄最古参の313形315編成が運用についており、片道ではあるが乗車して楽しむことができた。今日は315編成が運用されているか分からない。改札の向こうに見えるホームに停車していたのは600形だった。乗車位置は西鉄新宮方乗務員室のすぐ後、運転台の斜め後ろの小さなロングシート。600形の座席は一昔前の規格で作られているので、目一杯奥に腰掛けても収まりはあまりよくない。僕のデカさを差し引けばいいのかもしれないが。つい4年前までは「宮地岳線最新にして、天神大牟田線最古の車両形式」と称することができたが、今では天神大牟田線には救援車として残るだけ。宮地岳線改め貝塚線最新の車両という肩書きは当分健在である。次に入れ替わるとしたら、福岡市地下鉄直通対応車になりそうな気がする。つい最近福岡市による試算結果も発表されていたから望みが全く無いわけではない。

 発車3分前に事務所から運転士氏がやって来て、発車の準備と案内放送を行う。最初の案内と列車交換時の対向列車待ちの案内を除くと、肉声放送は基本的になく、天神大牟田線で導入されているのと同種の音声合成装置による自動放送となる。古来の独特の響きをさせるスピーカーから新しい電子音声が流れるのも面白い。

 15:48、定時に貝塚を発車。乗客は2両で30名ほど。ちなみにこの列車は列車番号から分かるとおり、上り列車である。発車してすぐに貝塚線の車両を一手に預かる多々良車両基地の横を通る。ちょうど工場建屋内に1枚扉の車両、すなわち313形315編成が停まっているのを確認した。交番検査か重要部検査か分からないが、ひとまずしばらくは活躍しそうであるから何よりである。すでに天神大牟田線からは313形より後に生まれた車両が何形式も消滅しているのに、これだけが生き残っている理由は分からない。

 名島、西鉄千早、香椎宮前と過ぎ、次はどこで折り返すかが問題になる。313形が運用から抜けている以上、運賃との兼ね合いもあって終点まで乗ることは考えていない。昼間時間帯の列車交換が名島・西鉄香椎・和白で行われるため、和白まで進んでしまうと戻りの列車が同じ編成になってしまう。その結果、香椎花園前で下車することにした。15:59着、降りたのは僕達も含めて8名ほど。

1507列車 普通 貝塚行:600形606編成

 香椎花園前で降りて、それから何もしない。駅ロータリー向かいにあるファミリーマートの前まで行って折り返し、3分前に通った改札をまた通る。この駅は2007年3月31日限りで津屋崎‐西鉄新宮間が廃止されたときに、相対式2面2線だったホームのうち、駅本屋と反対側のホームが撤去されてホーム1面とそれに接する1線、ホームがない1線の構成になった。今でもホームのない線に入る進路は生きており、いつでも列車を入れることが出来るが、しばらく列車が入っていないために線路はすっかり錆びていた。

 16:10に下り貝塚行普通列車が到着。こちらは乗客が多く、立ち客が出ている。車体を揺らしながら60km/hを出して元来た道を駆け戻る。終点貝塚の1駅手前、名島では運転士氏がドアを閉めて運転台に着席したところでお客さんが1人走ってきたのでもう一度ドアを開けて乗せた。貝塚までの1駅間をわざわざ使ってくれるのだから、乗車時間の7倍も待たせるのは忍びない。16:23、貝塚着。車内の人が3分ほどですぐに接続する、福岡市地下鉄箱崎線の姪浜行普通列車に乗り換えるために走っていく。僕とOz君は車内に少し留まって、貝塚方の運転台にある方向幕設定器を見る。実を言うと、貝塚線の600形、313形には部分廃止前まで使っていた方向幕がそっくりそのまま残っている。幕のコマ番号は00「基点」から順に、01「試運転」・02「津屋崎」・03「三苫」・04「貝塚」・05「新宮」となっている。通常時は04と05だけを使うので、他の幕を見ることはない。また、宮地岳線時代から、通常運行時に回送列車は設定されたことがないため、「回送」幕はない。

329列車 普通 姪浜行:1000系第18編成

 貝塚では2列車分を見送り、ついでに箱崎九大前方の端で撮影をして、16:40発の姪浜行に乗る。この列車は僕達が乗ってきた貝塚線の列車の1本後、1601列車からの接続を受ける。乗り換え客が乗ってくる前は、6両編成の車内はすっからかんで、改札から一番離れている先頭車には全く人がいない。さて、いよいよ発車時刻になり、福岡市交通局恒例の「1番乗り場から、電車が発車します。扉にご注意ください。プルルル――」と放送が流れる。

 「――ルルルル――ルルルル――ルルルル――」……? 通常時は3秒で止まるはずのブザーが何時まで経っても止まらない。後ろのほうがガヤガヤしているので、貝塚線の列車が遅れたのだろう。結局30秒から1分くらいずっと「ルルルル――」と鳴らし続けて、ようやく発車。時刻は16:42、所定より2分遅れ。大方、貝塚線の列車が遅れて着くまで発車ベルを鳴らすのを待って、お客さんがこちらに走ってきた瞬間から急がせるために鳴らし続けたのだろう。

 貝塚出発時点ではスカスカだった車内は、少しずつお客さんが乗ってきて、馬出九大病院前で概ね席が埋まった。中洲川端からさらに進み、天神のホーム直前で空港線の線路と合流して到着。天神、16:53。

「食い会」

 忘年会の食事部、一般にはこちらが主役でしかも「飲み会」なのだが、鉄研的には旅行のほうが主役で、食事は文字通り「食う」のみ。そして、基本的に成年の参加者でも酒はほとんど全く飲まない。酒の出番は年2回、新入生歓迎会と九大祭後のOB会だけ。天神16:53着後、まだ2時間近くもあるためそれからカメラのキタムラ、ジュンク堂書店やらなんやらで時間を潰して待つ。最後は会場の「焼肉ウエスト 天神店」がある天神ロフトビルに行って、最上階から渡辺通りを見下ろしてバス観察。

 全員集合して、19:00少し前から2時間の焼肉・サラダバー・スイーツ食べ放題。バリバリ食べてやろうと意気込んでいたが、中学、高校時代から比べると多少は詰め込み力が落ちたのか、(僕基準で)大して食べないうちに腹一杯になってしまった。それでも総合すれば2.5人前くらいは行っていそうだが。

帰宅日記

 食べ放題タイム終了後、15分ほど腹休めをして支払い、そして出発。福岡(天神)駅南口は近いのでそこで他の人達と別れる。いつもの癖で北口まで遠回りしようとしていたが、そうしなくて正解だったようだ。次の下り急行列車は、柳川行急行H213列車で21:42発。その次は大牟田行の最終特急A221列車、22:00発。最終的に乗客が5000形6両編成(5128編成+5116編成)にぎっしり詰まって発車。二日市で花畑行普通2213列車(5000形5007編成)に乗り換えて、三国が丘22:16着。

鉄研忘年会(前編)・遙かなる旅【博多→吉塚】

 今日は鉄研の忘年会。午前中はちょっとした旅行をして、夜には焼き肉店で飲み会ならぬ「食い会」をすることになっている。旅の起点は博多、終点は吉塚。距離は1.8km、所要時間は3分……の約100倍。鉄道好きにはすぐにぴんと来るだろうが、書くのは後で。個人的には「時速」300mで線路沿いを歩くのも面白そうだと感じるのだが。

2080列車 普通 福岡(天神)行:3000形3012編成

 出発は三国が丘8:35発、2080列車。8時前から畳屋さんが来て、畳の運び出しを行っていただいたので、そのあたりで準備に手間取って危うく遅れるところだった。この列車は平日ダイヤと土曜休日ダイヤでほとんど時刻変更がかからない、パターンダイヤの時間外の列車としては珍しい部類である。ついでにいうと充当車両も3000形5両で変わらない。しかし緩急接続については違いがあり、平日は二日市で後の特急A080列車と接続するが、土曜休日はその列車が福岡(天神)到着時刻はそのままに、大牟田発時刻を繰り上げて急行G084列車となるため、当列車との接続は筑紫になる。したがって僕はわずか2駅にして2080列車に別れを告げることになる。8:39、筑紫到着。

G084列車 急行 福岡(天神)行:5000形5130編成+51xx編成(6両)

 8:43に急行G084列車が到着。例によって先頭車に乗る。このスジは今年3月のダイヤ改正前までは、土曜休日ダイヤ唯一の2000形定期運用になっていた。特急A071列車で下った後、急行G084列車で上ってきて天神大牟田線を1往復し、J091列車として筑紫まで走って車両取り替え入庫。昨年の予備校時代は、9月からの授業が土曜日にも入っていたので、この列車で2000形に乗るのが楽しみだった。筑紫を出てすぐに、2時間後に通過するはずの筑豊本線(ネタバレ※1)をくぐり、1時間後に通過する鹿児島本線(ネタバレ※2)をまたぎ越し、すし詰めのような肉詰めのような状態になって9:11、福岡(天神)に到着。

436C 普通 福岡空港行:2000系第24編成

 地下鉄空港線の列車への接続時間は4分、毎週火曜日の西唐津行普通629Cへの乗り継ぎより1分短い。幸い商業施設の開店前で人はさして多くないので、小走りでいつものルート――北口階段からパルコ横の階段を駆け下り、中央口から地下鉄構内に突入。ホームにたどり着いたときは、まだ発車標には1駅手前の赤坂に停車中と出ていた。

 入線してきた編成は2000系第24編成。6号車3番扉の乗車口前に並ぶと、ちょうど目の前にOz君の姿が滑ってきて止まった。ちょうど乗車場所と同じ場所になるとは、不思議な偶然もあるものだ。列車に揺られ、9:21に博多到着。博多で下車する人はかなり多かったが、入れ替わりに乗ってくるキャリーバッグを引いた人の姿も多かった。福岡空港からどちらまで飛んで行かれるだろうか。

博多駅にて

 博多駅では在来線中央改札前に集合。今回の参加者は僕、Oz君、Nk君、Is会長、Knさん、Naさん、Hrさんの計7人。このうちNaさんは原田(ネタバレ※3)でお会いし、Hrさんは時間の都合上篠栗線経由でショートカットして桂川からの合流(ネタバレ※4・ここまで来れば明白である)となった。それぞれ券売機で切符を購入。旅行で買う切符は大抵価格も枚数も券面表記も大仰なものになりがちだが、今回は実にシンプル。「博多→160円区間」のエドモンソン券。普通の人なら列車に乗るためだけに使ったら後は見向きもしない。かくして9:40過ぎに改札をくぐり、隣の吉塚に向けて「壮大な」旅を始めた。

 1つ目の列車に乗る前に、6番乗り場に停車している1001M・特急「有明1号」の787系の写真をみんなで撮影。来年3月のダイヤ改正により「有明1号」は朝から夕方に移り、行き先は現在の武蔵塚(豊肥本線)から、はるか北の長洲までとなる。

3389M 快速 荒尾行:811系PM5編成+PM3編成(荒尾→)

 9:51、有明1号の停車している向かい側のホーム、5番乗り場に811系の8両編成が入線。3389M、荒尾行の快速列車である。博多で一斉に乗客が降りて先頭車はがらがらになったので余裕を持って最前列の座席を確保できた。811系の基本番台車は扉すぐ横の座席も転換できるようになっている。有明1号のすぐあとを追い、9:54に発車。進行方向右手側の3番ホームでは、783系の「みどり・ハウステンボス」8両編成が据え付けられ、やや離れた西引上線には「かもめ」5両編成が誘導を待っていた。もう少しすればちょうど連結光景を見ることができたのだが。「ハウステンボス」運転開始以来、485系の時代から長らく行われてきた博多駅での3階建て列車組成も、2011年3月11日をもって見納めとなる。「かもめ」と「みどり・ハウステンボス」の併結がなくなれば13両編成を組むことも無くなり、博多(と、肥前山口)で行うべき分割併合作業も消えてしまう。

 列車は信号にかかることなく快調に走る。「鈍速」と称したくなる博多‐鳥栖間の快速列車も、駅間だけを見れば割と速く走る。途中駅での待避が長いのだが。笹原を過ぎて間もなく、つい1時間前に通過した西鉄天神大牟田線の線路をくぐる。残念ながら、西鉄の列車が通りかかることはなかった。どちらの線も列車運行本数は割と多いのに、日中はなぜか示し合わせたように、同時交差がまれにしか発生しない。つい最近までは頻繁に実現していた、西鉄福岡(天神)毎時00分発の大牟田行特急と、JR博多毎時01分発の885系特急「かもめ」との同時交差も、なかなかお目にかかれなくなった。南福岡、大野城と下り、駅設置の計画があさっての方向に吹っ飛んでしまった太宰府信号場を通過し、10:09に二日市着。3分停車し、後の特急「かもめ13号」(885系)の通過を待つ。ミニ新幹線としても通用する外見と速さ(残念ながら在来線区間のみ。新幹線区間を走行するためには足回りの大改造が必要)で颯爽と去っていった後、こちらも本気を出して天拝山を通過、遠目にこれから通る筑豊本線の山口川橋梁と、2度目の西鉄天神大牟田線を見つつ、かつての仮塚峠(かんづかとうげ)を抜けて10:18に原田に到着。一応、自宅の最寄駅になるが、距離は4km離れているため利用しづらく、最近では専ら西鉄の定期券を猛活用して三国が丘→紫→(徒歩連絡)→JR二日市→原田以南・佐賀方面へという行き方になっている。以前は徒歩連絡として西鉄朝倉街道~JR天拝山のルートも使っていたが、両駅の発車時刻が絶妙にズレているせいで、どちらの乗り換えにもやたらと待ち時間が発生していたので最近では出番がない。

 原田では2番線(鹿児島下り本線)に到着したので、先頭車が跨線橋からはるかに離れた場所に停車する。それゆえ勝手知ったる下車客は基本的に最後部に固まっている。わざわざ先頭から降りる人は初心者、あるいは同類。今日の先頭からの下車客は鉄研一行――と、博多出発時点からずっと乗務員室直後に陣取っていた中高生1人。熱心に前を見ていたところからして、彼も我らが同類であるようだ。

6624D 普通 桂川行:キハ31 1(単行)

 そして僕のどうでもいい予想は当たった。件の彼も跨線橋を渡って原田駅0番乗り場、筑豊本線(原田線)のホームにやって来た。列車到着までは15分少々あるので、その間は通過していく列車の数々を見たり写真を撮ったりする。現在、原田駅を主役として通過していく「リレーつばめ」「有明」の787系は、来年3月の改正から数を減らす。昼間時間帯に見ることは極稀になるだろう。783系の13両編成も然り。家から微妙な距離にあるため、有名な撮影ポイントである原田駅近辺になかなか足を運ばないが、そろそろ本腰を入れようか。

 10:34、桂川からの6625Dが到着。直ちに折り返し6624Dとなる。降りてきた乗客は20人程、そしてこれから乗る人も同じくらいいる。閑散線区と称される割には利用客がそこそこいるのがこの区間の特徴とも言える。もっとも、うち最低7人(鉄研6人+件の彼)は大回り乗車であるからどう見ても定期外利用客。このキハ31に搭載された運賃箱の中身増加には寄与しない。やってきたキハ31はトップナンバー車で、中は全席転換クロスシート、濃い赤と茶のモケットになっている。

 10:39、列車は定時に出発。ちょうど鹿児島上り本線を通過していく783系の特急2010M「かもめ10号・みどり8号」と並走した。2010Mは「みどり」として、「ハウステンボス」編成を連結しているため、見た目は3階建て列車。編成が長いほうが長距離特急列車としての風格があるなあと思いつつ、こちらは右手にカーブして分かれていく。ホームが途切れる辺りで先頭と並んだのに、それから100m足らず先のカーブのところでは最後部と並んだ。

 切り通しを抜け、西鉄天神大牟田線と2度目の交差。少し離れた筑紫駅に、3000形の上り列車(時間からして、福岡(天神)行急行J102列車)が停車していて、タッチの差で列車交差は実現しなかった。国道200号線冷水峠経由の旧道と交差する踏切では、ちょうど峠の手前まで並走するバス路線、西鉄バス上西山線の浦の下行が待っていた。このバスは筑紫駅から走ってくるのだが、これから分かる事実が1つ。バスから列車に乗り換えることはできない。乗り換えて相互を利用しようと思う人なんか僕以外にいそうにもないけど。

 1駅目の筑前山家で1人下車。ここの信号設備(場内・出発信号)を復活させて、原田との間に2駅ほど作って区間列車を増発すれば多少は需要を喚起できると思うが、そのような計画は全くない。駅近くの広場に保存されている西鉄北九州線の路面電車と旧車体の西鉄バスに見送られ、冷水峠越えにかかる。列車は50km/h~60km/hでそろそろと登る。キハ31のエンジンにかかればこのくらいの峠でも造作なく登れるが、余り力が強いと日陰の露なんかで空転してしまうのかもしれない。つい数日前にもここを大回り乗車で通過したというOz君曰く、朝1番手の6620Dでは霜のせいで思い切り空転して、列車が5分遅れたという。

 浦ノ下トンネルを通り、いよいよ冷水トンネルに突入する。ふとそこで運転士氏が腰を浮かし、瞬間技で運転台直後の遮光幕を下ろした。そう、長大トンネル通過時には光の反射で前方の視界が阻害されるのを防ぐために、遮光幕を下ろさなければならない。本来なら筑前山家出発前に下ろすことになっているのだが、失念してあったのかもしれない。トンネルに入ると長い直線区間が続くので、エンジン全開で加速し85km/h程に至る。勾配の頂上に達する辺りでマスコンを戻し、速度を落としつつ下る。トンネルを抜け、数年ぶりに筑豊の地に足を踏み入れた。

 2駅目の筑前内野では1人乗車、次の上穂波で1人下車、10人乗車。すると次はもう終点の桂川である。今日は遅れることなく11:07、定時に到着した。桂川では全ての乗り場が電車の高さに合わせて嵩上げされているため、在来気動車であるキハ31の場合、車内ステップが逆段差として働いてしまう。そのことに対する注意を喚起するべく看板が立てられていたが、絵柄がキハ200。キハ200は電車ホームの高さに合わせたフラットな床面だったと思うが。ちなみに原田では、0番乗り場に限りホーム嵩上げを行っていないため、ステップが有効に機能する。この列車は桂川から回送となって直方に戻るらしく、方向幕は「回送」に合わせられていた。

2632H 普通 直方行:817系1000番台VG105編成(2両)

 桂川でも鉄研一行と件の彼は同じように跨線橋を渡って1番乗り場に行き、直方行の普通列車に乗る。この列車にはHrさんが乗っており、これで一応全員合流となった。筑豊本線を走る817系1000番台は駅収受式ワンマン運転区間にのみ充当されるため、0番台と違って運賃箱と運賃表示器は準備工事のみとなっている。11:15に発車。駅の有効長がやたら長い天道を過ぎ、複線区間の端点である飯塚を通って9分ほどで新飯塚に到着。飯塚と新飯塚の間は1.8km程の距離である。Oz君と話していて出てきたのが、「新幹線絡みではなく、違う会社同士でもなくて、頭に『新』が付く駅と付かない駅が近くにあるのは珍しい」ということ。後になって調べてみると、「飯塚-新飯塚」、「水前寺-新水前寺」(豊肥本線)、「札幌-新札幌」(函館本線-千歳線)、「大楽毛-新大楽毛」(根室本線)、「旭川-新旭川」(石北本線)、「琴似-新琴似」(函館本線-札沼線)、「青森-新青森」(奥羽本線・新青森駅そのものは、12月4日の東北新幹線全線開業のはるか以前からあったのでカウント)の7つだけ。

 新飯塚でも20分弱の待ち合わせがある。後藤寺線の列車を待つ人は結構多い。11:37頃、原田から桂川まで乗ってきたキハ31 1の回送列車がゆっくりと通過していった。桂川から直方まで20.5kmも回送するのだから、ついでに快速列車として営業運転するのはどうだろうか。電車列車の快速は当区間においては勝野だけ通過となっているが、それだと遅くなるので飯塚・新飯塚・小竹停車くらいにすると速く出来る。

1551D 普通 田川後藤寺行:キハ31 3(単行)

 11:38にお客さんをたくさん載せた1548Dが到着。折り返し1551Dとなる。ホームに待っていた人をすべて吸収すると座席はほぼ一杯になり、数人ほど立ち客が出た。博多から同一行程の件の彼ももちろん同乗。今度のキハ31 3は全席転換クロスシートで、モケットはJR九州更新タイプ(青黒市松模様)になっている。11:47に発車すると、左手にカーブし、進路を東に向ける。国鉄全盛期には網の目のように路線があったこの地域も、炭鉱閉山後はことごとく赤字になって特定地方交通線としてばっさり廃止され、筑豊本線と日田彦山線をつなぐJR線は、この後藤寺線だけとなっている。同種の線は他に平成筑豊鉄道の伊田線があるだけ。沿線に住宅の姿は余り見られないが、下鴨生ではまとまった乗降があった。セメント工場の中に迷いこむように走って船尾に到着。すぐ近くにセメントが山となっているためか、ホームが白っぽく煤けている。12:07に田川後藤寺に到着。

952D 普通 小倉行:キハ147 1057+キハ147 xxx(小倉→)

 田川後藤寺では4分接続で、日田彦山線の小倉行普通列車に乗り換える。待っていたのはキハ147の2両編成。福岡県下のJR各線で、唯一JR世代の車両が走ったことがないのが日田彦山線の城野‐田川後藤寺間。田川後藤寺‐夜明間ではキハ125が運用に加わるようになった。

 田川後藤寺出発時点で、すでに空いているボックスはなくなっていた。各駅で乗客を集めていくと空席が無くなり、最終的に立ち客が20人弱となった。途中駅での乗降よりも、田川から小倉方面への直通需要が多いと見える。輸送力としては2両で十分、3両にするとちょっと空きすぎるかもしれない。城野で日豊本線に合流。昼間時間帯の小倉行列車は、数本ほど城野で行橋方面からの普通列車を先行させるものが存在する。952Dはそれには当てはまらないので、30秒停車でただちに出発。田川後藤寺から隣のボックスにお座りで、南小倉で降りて行かれた年配の方2人組も大回り乗車組であったようだった。13:01に西小倉到着。

4347M 快速 大牟田行:813系RMxxx編成+RM216編成(大牟田→)

 西小倉では、ちょうど上下のソニック(26号:小倉13:07着、23号:小倉13:06着)が鹿児島本線と日豊本線から小倉へ向けて合流し、追いかけあうように走っていった。これが撮影できるのは小倉に向けて走る列車に限られ、小倉発は両列車の進路が平面交差するために時間がずらされており、並んで走る光景は見られない。

 13:16に大牟田行の快速列車が到着。正真正銘の快速で、赤間‐折尾間で各駅に停車するパッタもん「準快速」ではない。博多からずっと一緒の件の彼も、この列車に乗り込んでいるのを確認した。

 13:35、折尾で上り本線に入ってきた快速門司港行4342Mの車両になんか見覚えがあると思って編成番号を確かめると、原田から博多まで乗った3389Mと同じ811系のPM5編成+PM3編成だった。あの車両が荒尾に行って、また折尾まで帰ってくる間に、僕達はくるりと回ってきたということになる。折尾から赤間までは無停車で突っ走る。これぞ快速という走りが見られる数少ない区間の1つである。このまま乗換駅の香椎まで追い越し無しで走りきれるかと(時刻表を見ずに)期待していたが、あと2駅の福工大前でついに待避線進入。後の特急3028M「ソニック28号」に追い越された。14:13、香椎に到着。博多発吉塚着の片道乗車券で最長距離を乗るためには、ここからさらに香椎線・篠栗線を通る。

 4347Mが香椎を出発した瞬間、急停車した。何があったのかとOz君が走って情報収集。すると、彼の高校の後輩が同じ列車に乗り合わせていたらしく、「踏切の非常警報装置が作動したため急停車した」旨放送があったという情報が提供された。列車は3分ほど停車した後、普通に発車していった。

755D 普通 宇美行:キハ47 133+キハ47 9051(宇美→)

 気がつくと香椎線の宇美行普通列車が入線したので乗り込む。香椎線には一時期キハ200系が投入され、キハ40系と共に運用されていたが、その後キハ40系エンジン未改良車(一部は改良車)に統一されて国鉄的見た目に逆戻りした。運転時分・線形的にそれで十分だと判断されたのだろう。ちなみに直方運輸センター所属のキハ40系のうち、香椎線運用に充当される博多運転区常駐車には、お手軽改造によるLED式行先表示機が設置されている。締まり屋のJR西日本広島支社でさえ、小さいながらも車体改造してLED式行先表示機を設置したのに、JR九州ときたら戸袋窓のところにサイズぴったりの表示機をネジ止めしただけという手軽さ。サボ時代よりも分かりやすくなっているので文句はない。「(上)西戸崎←→宇美/(下)雁ノ巣←→宇美」と2段に書かれたサボが差し込まれていたときには、上りも下りもどの行先なのかも分からない、香椎止まりではないことだけしか分からない。「香椎線」というサボが入っているのと変わらなかったのに比べれば格段の進歩である。

 列車はのっそりガタゴトと走り、14:36に長者原到着。ここの香椎線ホームには、駅長権限で操作できる「接続待ち」表示機がある。篠栗線側は場内・出発信号機を備えた停車場であるため、接続待ちの操作は博多総合指令センター持ち。

2647H 普通 博多行:817系1100番台VG1102編成

 最後を飾る篠栗線の列車は、例によって額が広い817系1100番台「大LED行先表示機」搭載車。車内は比較的混んでいた。この列車は長者原に14:40に入線したのだが、14:42に出発信号機が進行現示に変わるまでATS-SKの警報持続チャイムを止めなかった。他の線区では出発停止ならドアを開けたときにチャイムを解除しているのだが。

 列車は原町、柚須と走り、大きくカーブして鹿児島本線に並ぶ。14:50、博多出発から4時間57分を経て、ついに隣の駅・吉塚に到着した。

終日充電・鉄研会誌原稿公開

 今日は非常に天気のいい祝日だったが、4日連続早朝出動で疲れたため丸1日家に引きこもり。その間に鉄道研究同好会の会誌「鉄路」のうち、僕の分の原稿を公開するための準備をしていた。公開データは「青竹倉庫」に陳列。今年度中に出版にこぎつけられるだろうか。

  • 主題「九州新幹線開業後の、北九州・佐賀・熊本方面特急列車ダイヤ予想」
  • 概要:現行ダイヤの特急「有明」を佐賀発着に変更の上、「かもめ」とする。また、朝夕に玉名発着の特急「有明」を運転。

 第63回九大祭の様子、およびフィールド科学研究入門日記は、書き上げるまでしばしお待ちを。

第63回九大祭(2日目)

登校日記(省スペース版)

 今日も早起きしなければならない。昨日は起こされたが、今日は5:15の目覚ましと同時に目がぱっちりと覚めた。昨日と同じ三国が丘6:19発の福岡(天神)行普通2052列車に乗って出発。

  • 2052列車(普通 福岡(天神)行):6050形6054編成(三国が丘6:19‐筑紫6:24)
  • G052列車(急行 福岡(天神)行):5000形5117編成+5xxx編成(7両)(筑紫6:30‐福岡(天神)6:55)
  • 621C(普通 西唐津行):303系K01編成(天神6:58‐九大学研都市7:22)

 621Cでは地下鉄空港線、JR筑肥線の両方で運転士見習訓練が行われており、空港線内で手動運転となっていた。姪浜からOz君も合流。昭和バス九州大学線は手厚く臨時便が運行され、昨日のような待ちぼうけを食らうことはなかった。九大ビッグオレンジ前7:40到着。展示会場の教室はすでに開錠されていた。無人で開けっ放しにするとは、極めて危険性が高い。まあ、わざわざこんな山奥までやってきて窃盗を働く人間がいるとも思えないが。

九大祭展示

 前日の展示終了時に、「翌日の1番列車」と称して各線に最初に走らせる編成を留置していたのだが、展示の最初にクリーニングカーを走らせることになったので、それらの編成を再度入庫させる。ついでクリーニングカーと牽引機関車を設置し、各線のほこり取りとクリーニング液による拭き上げを行う。片方の車両の見た目からして、まさに「マヤ検」と呼ぶにふさわしい。8の字線のクリーニングでは片方を「逆走」させて、両方のクリーニングカーを並走させたりもした。牽引機がED75とEF64だったので、交流機と直流機が並ぶという黒磯駅のような光景になった。

 線路クリーニング終了後、各編成を車庫留置線から引き出して正常に走るかどうかの試運転。今日も8の字線を担当し、終了する頃にはもう9:30を回っていた。鉄研の誰もが時間の経過を忘れるほどに、鉄道模型の魅力は素晴らしい。試運転を終えたら開場。ちなみに会場に展示している西鉄の方向幕も、ここに来てから会場までの間はちゃんと「試運転」を掲示させていた。今日は8の字線外回りのコントローラー横に「出入庫後 分岐器本線側に切り替え よいか?」と確認標(メモ紙製)を設置した。これにより短絡事故が減ればいいのだが。鉄道では「よいか?」のように見る人自身に判断させる標識が多い。ちなみに近場のJR九州鹿児島本線、教育大前(上り)と水巻(下り)の手前には、「準快速?」と運転士に列車種別を尋ねる標識がある。どちらの駅も、準快速だけが停車する最初の駅である。この手の標識でドキッとするのは車両基地などにある「入信よいか?」「入信確認」の標識。宗教(いろいろあるけど、「鉄道教」なんかはどうだろう?)への入信(にゅうしん)を確かめるものではなく、入信(いれしん・入換信号機のこと)の現示を確かめるもの。

 今日のお客さんの出足も、昼前から徐々に多くなってくる感じである。相変わらず小さい子たちがたくさん来てくれる。今日の特記すべき子は、昼過ぎに来ていた子である。走行車両の取り替えを頼んできたのだが、その時の僕への呼びかけが「マニアさん」。素晴らしいまでに事実を表している呼び名で不満はないが、「お兄さん」あるいは、僕の風貌からして「おじさん」でもいいから、別の呼びかけはなかったんだろうか。

 今日起こったトラブルは以下のとおり。

  • 883系、またしてもカーブ・分岐器通過時(とりわけ車庫入れ時)に脱線を繰り返す。対策として、留置場所をカーブの少ない線に変更。
  • 外側線車庫のうち、西鉄2000形とED76+14系を留置する線に関わる分岐器の不調。分岐器上で動力車が停止してしまう。
  • またしても分岐器転換ミスによる短絡事故。連動装置とATSの設置が必要。
  • 会員専用の周回線で、貨物列車の後部分離事故。こればかりは致し方ない。

 昼過ぎ頃に昼食を買いに出る。今日は少し会場を歩いて、理学部生物学科の1年生有志が出しているテントへ。そこで客引きをしていた人が、かつて高校が一緒だったそうだが、こちらのザルみたいな記憶には全く残っていなかった。鉄道車両の形式称号と外観ならあっという間に照合できるのに、また、漫画やライトノベルのキャラクターは簡単に名前を記憶できるのに、何故か人間限定で記憶力がほとんど働かない。

 13:50から14:30までは、展示会場すぐ近くにある仮設水道の掃除とチェック役が回ってきた。僕とKnさんで担当。食べ物の残りはゴミ箱に捨てるよう書いてあるのだが、流し台の1つにはご飯粒の山。集めると両手ですくえる程になった。こんなに無駄にするやつには罰を当ててやる。さらに、油を流すのもご法度になっていたが、流し台の1つに落ちていたスポンジを握った瞬間、手がヌルリ。水で洗うと何とも水を弾くこと弾くこと。石鹸で手を洗いに2階のトイレまで走った。14:30からは「焼き鳥サークル」なる謎のサークルの皆さんに交代。

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 夕方からは、展示走行車両のうち、802Tさん(9月の新入生歓迎旅行でお会いして以来。土日の2日間、スタッフとしてもご助力をいただいた)からご提供いただいている車両の収納作業が始まる。今回の展示車両のうち、8の字線を走行していた車両の多くは802Tさんのもの。留置線を埋めていた車両が徐々に姿を消していく光景は、徐々に寂れていくような感じを受ける。それに合わせて、留置車両の入れ替え再配置を行い、2編成併結していた415系を鋼製車と1500番台に分割。これにより8の字線内回りの奥側の車庫が用途廃止となった。第1種車止めを設置してみたくなったが、残念ながら手元にそれを実現するための材料がなかった。

 最後の1時間ほど、19:30の展示終了までは車内灯の光る車両を用い、「夜行列車」を再現。昼間は新幹線を走らせていた環状線にキハ40・58・35?などの混成気動車を2編成配備、会員専用の周回線にはEF64牽引の24系寝台車(さて列車は何だったかな?)、8の字線にDD51+オハフ12+50系という、末期のトイレ対策編成を再現した客車列車と、787系「つばめ」9両編成を走行させた。最後のお客さんと少しばかり話をして、締めには自分で運転をする。DD51牽引の列車を、より本物らしくゆっくりと引き出して走らせる。コントローラーのつまみをゆっくりと連続的に動かすとうまく再現できる。

 展示終了後、直ちに車両が全て撤収され、直ちに線路の撤去作業が始まった。その早業たるや、西鉄宮地岳線西鉄新宮~津屋崎間の廃止後の施設撤去並み。間違っても島原鉄道の島原鉄道線・島原外港~加津佐間のように、廃止後1か月を経ても朽ちた線路が残っていたところとは違う。(ちなみに島原鉄道の方は、撤去が始まったらあっという間に進み、8月の時点ではすでに線路が消失していたことを確認している。)施錠に来た20:00までに、一番線路の多かった会員専用周回線の車庫を除いて全ての線路の分解、大雑把な区分は完了した。

第63回九大祭(1日目)

 展示場に使っている教室は、伊都キャンパスセンター2号館1階の2106教室。1階という1番人の出入りが多い場所を今年も確保することができたらしい。ちなみに1階にある4教室の他の割り当ては、南隣の2103教室がジャズ研究会のジャズ喫茶、その西隣、2104教室がアニメーション研究会、鉄研の西隣2105教室はBLS体験コーナー(心臓マッサージやAEDを実践体験する)だ。

 初日は展示開始を若干遅らせ、まだ配置が済んでいない車両の配置作業と、車両の試運転を実施。予定(と言いつつもどこにも書いてはいなかったのだが)より約1時間遅い10:00頃から公開を始めた。最初の方は人の入りも少ない。人気(にんき)がないわけでは断じて無い。人気(ひとけ)が無いのだ。九大祭の来場客そのものが。この時間に伊都キャンパスにたどり着いているためには、地下鉄・JR&昭和バスであっても西鉄バス九大急行であっても9:00頃に天神を出発していなければならず、それよりも遠くなればそれこそ朝8:30やら8:00やらに家を出なければならない。我が家基準では何も無い週末は8:30になってようやく朝食ができようかという時間。九大祭に参加していない大学生諸君はまだグースカ寝ているに違いない。

 昼前から小さい子ども連れでご来場くださる方が増えてきて、鉄研の展示場も賑わってくる。見に来られた方に模型の運転を勧め、実際にコントローラーを操作してもらう。僕が主に世話を担当するのは8の字コースの外回り・内回り。配置車両は外回りがJR九州の303系、811系(8両編成・12両編成)、ED76+14系寝台車6両「富士」、787系9両編成(昔の「つばめ」)、7両編成「リレーつばめ」、JR東日本E231系10両編成、西鉄2000形2051編成の8編成。交直流、狭軌(1067mm)・標準軌(1435mm)の区別はない。というより8の字線の展示車両のうち、2000形だけが標準軌車だ。内回りの配置車両はJR九州103系1500番台、415系(鋼製車・1500番台併結)、783系(かもめ・みどり・ハウステンボス)、813系、883系「ソニック」旧塗色(水色)、885系「白いかもめ」、キハ71系「ゆふいんの森1世」、キハ66・67形「シーサイドライナー」、キハ200系4両赤塗色。これらを適宜入換により出入庫させつつ走らせる。今回は分岐器遠隔操作(現実におけるCTCのように)のための配線が煩雑になりすぎるため、車庫の分岐器は全て現場手動扱い。運転事故による車両破損防止のため、運転方向や分岐器転換を1つ1つ指差喚呼して確認。

 運転時にはトラブルもつきもの。上のように確認をしていても、分岐器転換ミスによる軌道短絡事故を初日に延べ10数回起こした。鉄道模型はレールに電流を流して車両のモーターを回すため、分岐器に背向側【横から線路が寄り添ってくる方向。分岐側に進むためにスイッチバックを必要とする】から進入するとき、分岐器が車両の走ってくる側に開通していないと、車輪によって一方の線路の+極側と他方の線路の-極側が直接触れて短絡(ショート)してしまう。また、883系は振り子機構も再現してあったのだが、その動作の副作用によりカーブ通過時によく脱線していて復旧に手間がかかったりもした。さらに、車両入換作業で車庫側を確認しているときに、コントローラーを小さい子がいきなりぐいっとひねって、線路から車両が抜けてしまったり。

 14:00頃にはうちの家族(父・母・双子の姉)が揃って見学に来ていた。その時は883系の何度目かの脱線復旧作業にかかりきりになっていたため、ちらりと見ただけで細かく応対はしなかった。14:15頃にようやく昼食。展示会場の斜め前で露店を営業していた、生物研究部の塩焼そばを求めた。生物研究部と我が鉄研は、課外活動施設1においてコンクリート壁を隔てた隣同士。ちなみに上の空いた薄いスチール壁を隔てて隣同士なのは探検部。4階の最も奥に並んで変人の巣窟個性豊かな集まりができている。

 今日ご訪問頂いたお客さんの中で、特筆すべき方は2人(大人1人、子ども1人)。昼過ぎにいらっしゃった年輩のご夫婦で、旦那さんのほうがJR九州に現役の運転士としてお勤めであった。その時は丁度883系「ソニック」を8の字内回り線に出していて、それを運転していただいたのだが、この方がまさに実際の「ソニック」を運転していらした。鉄研的には最敬礼すべき方である。そして、特筆すべき子ども1人というのは、今日の展示の始めから終わりまで、断続的に姿を見せ、延べ4時間近くも滞在していた子のことである。気づいたらどこかのコントローラーの前にその姿があるくらい。鉄研の会員以外では、一般に開放している線を全て運転した唯一の人物ではないだろうか。

 17:30をもって1日目の展示を終了。実行委員が鍵をかけに来るまではみんなで留守番。九大祭でおそらく最も高価なものが転がっている部屋だから、細心の注意を払わなければならない。使うものの金銭的価値から言えば、ジャズ研のギターやドラムス、アンプなんかも同じくらいありそうだが、鉄道模型は軽くて持ち運びしやすいから盗まれやすいし、一方、持ち運びできるギターを会場の教室に放置するギタリストなどまずいないはず。会場の教室を出られた時には、すでに18:00を回っていた。

第63回九大祭準備

 今日は丸1日全学教育が休講となり、20(土)、21(日)の両日に行われる第63回九大祭のための準備日となっていた。朝8:30から夜18:30まで、鉄道模型展示の準備をし、そして完全には終わらなかった。鉄道研究同好会の展示は、ほぼ全力を鉄道模型に傾注し、その他の展示は残念ながらさほど多くはできないのが惜しまれる。ちなみに今年出す予定(のはず)の会誌「鉄路」は、数人分の原稿が出来上がった段階に留まっている。いつごろ出せるか分からないため、僕の分の原稿は数日内に自Webサイト「青竹倉庫」の方に放りこんで公開する予定。

新入生歓迎旅行・5日目その1「大阪解散、山陽路を西に」

ホテルモントレ ラ・スール大阪の朝

 ついに旅行最終日となった。僕は1人で6時半に起き、昨夜洗濯ができなかった分、取り敢えず水洗いだけをして干しておいたタオル等を袋に詰める。7:00過ぎに昨夜に引き続いて同室のOn君も目を覚ました。隣室のOz君、Nk君が支度を終えるまでしばし部屋の外で待つ。ちょうど窓から京橋駅を見下ろすことができ、京阪電鉄の普通車と特急車がそれぞれ走っていた。大阪環状線の列車も多く発着し、ラッシュの始まりを感じさせる。そこから徒歩でわずかに3分、高さにして50mほど離れただけで、なぜか京橋駅が遠い世界のように感じられた。4人揃ったので朝食会場へ。昨日も驚いたのだが、30人も乗れる大きなエレベーターが6台も設置してあるあたりですでに日常的な想像を超えている。ボタンを押せば即座にどれか1台がやってくるといった按配だ。僕は昨日よりは小ましな服(初日と全く同じ上下)を着たものの、それでもホテルの雰囲気から浮いていることは否めない。世間ではとっくに夏休みの明けた、月曜朝の品のあるホテルに大学生の男ばかり4人、それ自体も浮いているといえば浮いている。朝食会場など、昨日ここでパーティーが開かれたと言われてもうなずけるほどのところだ。

 どんなに身の丈に合わない場所であっても、一晩寝れば多少の度胸(?)はつくもの。朝食バイキングは食べたいものを遠慮せずに取っていった。種類は和洋食いずれも多く用意され、飲み物もジュース、牛乳など一通り揃っている。ちなみに僕が選んだのはご飯、味噌汁、スクランブルエッグ、ソーセージ、ベーコンという、いたって一般的な和洋食混合メニュー。ご飯にはゆかり(シソ)ふりかけ。このふりかけが用意してあるだけでポイントを3割増くらいつけたくなる。食べているメニューは昨日の朝食とさして変わらないのに、周りが静かで高級な雰囲気になるだけで輝いて見える。ホテルの事にこれだけの字数を割いているのは、それだけ僕が普段縁のないところに感動していたということでご理解いただきたい。

 30分の優雅(?)なひとときを過ごし、部屋に戻って最後の身支度を整えて出発。冷蔵庫に放り込んでおいた大阪の水も忘れずに装備。8:00にホテルをチェックアウト。

1359レ 普通 大阪環状線内回り:201系モリ207編成(乗車車両:モハ201-195)

 ホテルの玄関を出て数歩で、通勤客がたくさん行き交う歩行者通路に戻る。あっという間にいつもどおりの旅行姿となった。人の群れに逆らうようにして京橋の西口改札へ。ここで流れ解散。Nk君はしばらく大阪滞在の後、岡山へ行って午後の「やくも」で島根に帰還。On君はとりあえず大阪環状線を1周。僕とOz君が大阪から早速西に向かう。有人改札で最後に残った空欄に改札印をもらい、学研都市線ホームを足早に歩いて大阪環状線内回りホームへ。来た列車がまたも201系だったので、電動車を狙って乗り込む。車内はそこそこ人が多い。8:16に大阪着、ここでOn君と別れた。(京橋出発時点で別の位置に乗っていたので、実際にはほぼ別々だったのだが)

3413M 新快速 姫路行:223系2000番台W35編成(乗車車両:サハ223-2143)

 新快速姫路行までの接続時間はわずかに4分。しかし連絡通路を下りる人の数がものすごく多く、ゆっくりとしか進めない。実を言うと次はどの乗り場から発車するかも把握しておらず、発車標も見当たらなかったので、人ごみをかき分けつつ勘で階段を駆け上がった。それが5・6番乗り場で、乗るべき新快速列車の発車番線は4番線だった。隣の線路に乗るべき列車の種別と行先を出して停車している223系の姿を見るに及んで、2人して「ミスった……もうアウトだ……」と意気消沈しかけた。それでも最大限の努力はしようと階段を降りて再び駆け上がると、まだ発車ベルがなっていなかったので急いで駆け込んだ。たまたま信号待ちか何かで、所定より1分発車が遅れていたのが幸いした。8:21、大阪発。

 次の尼崎から早速兵庫県へ。別に市街地が途切れるわけではないので大阪府と勘違いしそうである。8:30に西宮。訪れたことはないが、個人的には色々と思い入れがある街だ。阪急神戸線の西宮北口に行ってみたかったが、明日以降の予定のため今回はパス。神戸線は列車運転シミュレーターで始めてまともに運転して、合格した路線。その始まりが西宮北口だった。8:43、三ノ宮到着。座席が2つ空いたのでそこに座った。少し走って神戸に8:47着。ここから4日ぶりに山陽本線へ。駅進入、出発時に昨日京都で留置されているのを見た207系T20編成+Txx編成と並走した。

 須磨を過ぎると車窓左手に海が見えてくる。このあたりはまだ大阪湾。頭上高くを走る明石海峡大橋の横を通り過ぎ、右手に大きな時計台を持つ明石市立天文科学館を見る。ここが日本標準時の経線、東経135度線。太陽南中が本当に日本時間の正午に等しいかどうか見てみたい。学研の図鑑か何かで見たところ、太陽南中を基準にすると福岡は標準時から18分ほど進んでいるらしい。間もなく明石に到着。ここから次の西明石までたった1駅だけ、線路別複々線に変わる。どういう経緯でこのような複々線になったんだろう。西明石、9:05着。

 ここから先、3413Mは先程までとうって変わってのんびり走り始めた。時刻表を見ると、他の新快速が9分で走破している西明石‐加古川間を14分もかけて走っていた。原因は西明石4分先発の719M、普通列車の網干行。同区間の普通列車の所要時分が16分だから、ただ単に駅に停まらないだけで、速度はほとんど同じ。駅間ではむしろ普通列車より遅いかもしれない。この走り、JR九州でたとえるなら普通・快速列車に頭を抑えられて博多に向けて走る特急に等しい。9:17、東加古川を通過するあたりでEF65形0番台牽引の貨物列車とすれ違った。加古川から先も普通列車に頭を抑えられている。9:25に通過した曽根でキハ181系の特急「はまかぜ2号」とすれ違う。このベテラン車両もいよいよ後継車が現れた。来年2月頃に近畿・北陸に行こうかな。9:31、姫路に到着した。

955M 普通 播州赤穂行:223系2000番台W25編成(乗車車両:クハ222-2039)

 乗り換え列車はホーム向かい側に停車していた。8分の余裕があるのでらくらく乗り換え。今度は先頭を確保した。9:39発。車窓は田畑が増えてきた。9:51に網干。網干総合車両所に225系が留置されているのを見つけた。他の車両はそのほとんどが223系、221系はほんの少し。9:58に相生着。ここで2人とも降りた。Oz君は山陽本線を進み、僕は赤穂線に入る。955Mにそのまま乗って行っても良かったのだが、どうせ播州赤穂で30分待つことになるし、相生は予備校でできた友人の出身地ということもある。「ムーンライトながら」乗車中に、彼の下宿先である静岡で敬礼しておいたのだから、ついでに相生を通ったことも写真付きで知らせてやろう。改札を抜けて南口に行き、駅舎の写真を撮って彼にメールする。その時丁度目の前のバス停に「Spring-8」行きなるバスが入ってきた。一風変わったこの行先、何かの研究施設にある大型加速器の名前らしい。以前、テレビであった路線バス乗り継ぎの旅で出てきた。最後に駅前にある大きな錨を撮影し、ふたたび駅に戻る。