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雑記帖七周年の記

先代の「青竹雑記帖」をはてなダイアリーに開設してから、今日で7周年となりました。

開設当初は大学生で時間とパワーがあり余っていましたし、また雑記帖に先立ち開設していたtwitterをほとんど活用していなかったこともあって、毎日のように記事更新をしていたことを思い出します。
自己紹介がてらの記事、複数日にわたる旅行記、大学帰りの「福岡都心ウォーキング」記事、果てはただ行き帰りのことを書いただけの「登校日記」「帰宅日記」……。
開設した年(2010年)の7月ごろから少しずつ西鉄天神大牟田線の運用調査を始め、秋には本格的にスタートさせました。その時から雑記帖のメインの柱が運用調査記事「西鉄車両運用レポート」となり、
曲がりなりにも続いています。沿線から遠く離れてしまったのと、twitter経由で寄せられる運用情報をまとめきるだけの時間を作れず、帰省した時にしか運用調査、更新ができなくなっているのはまことに無念です。
西鉄天神大牟田線の運用を1つ1つ記事にしていけばいろいろ書けそうですが、そのための時間と気力がほしいところです。

近況を申し上げますれば、復職からまもなく2か月になろうとしています。ちょうど4か月前に休職という形で小郡へ撤退することを決めた直後には考えられませんでしたが、またこうして元の職場(当初の会社側の計画通り、部署は変わりましたが)で曲がりなりにも仕事をしています。いまだ適応障害治療は道半ばで薬も服用していますが、少しずつ快方に向かっているのではないかと思っております。

さらにもう1点、ニュースです。過去2回一般参加したコミックマーケットに、今度はサークル参加がかないました。8月11日(金)~13日(日)に開催される、「コミックマーケット92」に、鉄道系サークル『青竹荘』として参加します。2日目土曜日の「東フ55b」に配置されております。まだ特段の情報は載っていませんが、ウェブカタログアドレスは https://webcatalog-free.circle.ms/Circle/13320044/ となります。西鉄車両運用本の頒布を目指して原稿作りを進めますので、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

次回の福岡帰省は来週、6月17日~19日の予定です。この期間中で9000形の今年度導入車の動向を含め、最低1日は運用調査をするつもりです。

独居日記(または半月遅れた6周年の記)

ご無沙汰しております。去る6月10日に、先代の「青竹雑記帖」開設から6周年を迎えました。当日に挨拶ができなかったのは、ちょうどその日の夜に夜行高速バス「はかた号」に乗って福岡へ帰っていたからです。どうぞご勘弁ください。

“雑記帖”を名乗っておきながら、先代の雑記帖と違って西鉄の運用調査以外のことをほとんど書かないままになってしまっています。
最近、ようやく定時後に暇な時間がたっぷりできましたので、関東に引っ越してからのさまざまな出来事を、日付をさかのぼって書いていこうと思います。

仕事のほうは、当分の間実習研修が続いています。つい半月前までは実習レポートに頭を悩ませ、文章執筆能力の大半をそちらに割いていました。今は日報形式で簡潔に記録するだけで済むので、だいぶ楽になっています。

毎日の暮らしの方も、すっかり軌道に乗りました。平日は、朝食としてパンとスープなり味噌汁なりを食べて出社しています。定時後は、月曜から木曜は寮に直帰して寮の夕食を食べて、その前後に洗濯したり風呂に入ったりしています。そして寝る前に電気ケトルでお湯を沸かして麦茶をつくり、就寝します。
……と書いて、洗濯と入浴と麦茶作り以外は基本的にやることが無いのに、大学時代のように平日やたらと夜更かししているのはなぜだろうとふと考えました。思い返してみると、だいたいパソコンにのんべんだらりと向かっていたり、眠気を感じて横になってそのまま3時間も4時間も寝てしまったりと、かなり時間を浪費している気がしました。道理で読書がはかどらない訳です。先日やっと行った、横浜市鶴見図書館から借りてきた本が積まれたままというのがその証左です。
金曜夜は、同期との飲み会や食事会に参加しています。週末の開放感と、参加メンバーが同期という気安さもあって、楽しく安らげるひとときです。

週末は、洗濯をして、Yシャツをクリーニングに出した後はふらりと出かけることが多いです。実家にいた頃はひたすら家に引きこもることも珍しくありませんでしたが、寮だと外に出ないと飢えてしまう(←過言)ので、それで外出が習慣づいた面もあります。大学鉄研の同期や後輩で、自分と同じく関東で働いている面々と出かけたりすることもあります。出かけない時は、部屋に在庫として積んであるうどんなどの乾麺をゆでて食べたりしています。寮にはガスコンロがありますが、寮生が使える調理スペースが基本的に無いことと、衛生の観点から生の食材を調理することはためらわれるので、せいぜい湯を沸かす程度にしか使いません。麺をゆでる程度のことすら、している人は一握りではないかと思われます。

つらつらと日々のことを書いてみました。もう間もなく、引っ越しから3か月が経ちます。目下の課題は、余裕ある時間をいかに有意義に使うか、ということです。趣味の方にはもう十二分に時間を割いて気ままにやって来ていますので、このあたりで何かを学ぼうと思っています。

家に引きこもる大晦日

 今朝は、祖母宅の周辺で少し積雪していた。ニュースによれば、祖母宅から10kmほど離れた佐賀駅前では4cm積もっているらしいが、こちらではそのようなことはなかった。特に出かける気もなく、これまでの正月のように大量の冬休みの宿題を抱えていたわけではないので、ただひたすらゴロゴロしていた。こんな年末、どうかすると15年ぶりくらいかもしれない。

 しかし、とにかく寒い。ストーブを全力で焚いていても16度あたりが限界。縁側に通じる扉を開けると一気に3度下がった。畳と柱の隙間から冷たい風が吹きこんできて足腰を冷やす。

 祖母宅では恒例となっている紅白歌合戦を見るのも、今年はほとんど見ていなかった。見たのはその後の「ゆく年くる年」、日付をまたいで「年の初めはさだまさし ~尾張の始まりなのだ!~」。

祖母宅へ

 今日は昼から自宅を出発して、佐賀県小城市にある祖母の家へ。ひたすら一般道をたどって行き、1時間と少しで祖母宅近所のスーパーに到着。そこは年末の買出し客のためかいつもに輪をかけて車が多く、駐車場所を探すのも一苦労だった。買い物を済ませ、14:20に祖母宅到着。

 祖母宅においては、1つ大きな問題が起きていた。祖母が、数日前にさる大手新聞社(仮にY新聞としておく)の強引な購読勧誘に遭い、購読契約のサインと捺印をしてしまったという。その契約書の控えを見たが、何故か契約日付が今年の6月10日付となっており、クーリングオフの適用に際しての証拠が故意に捻じ曲げられていることも発覚。しかしてこれは改竄ではなく最初から書かれていて、それに押印した以上、その点は民事訴訟によって裁判所に問うても、争うことは難しい。解約交渉にも一悶着あったらしく、しかもなぜか販売店との間ではなく、実際に契約を結んだ勧誘員との間で交渉をする必要があるらしい。この手の購読勧誘は古くより風刺されるほどひどいものがあるが、今回は居丈高な(むしろ脅しの)口調でもあり、もはや押し売りに等しい。別にこのY新聞社に限らず、どこの新聞社でもこのような強引な手法が新聞を遠ざけている可能性があることについて、少しは考えてもらいたい。ちなみに祖母は地元の佐賀新聞をとっており、大手新聞社から選ぶならA新聞の読者で、うちも同様である。したがってそもそもY新聞、S新聞は選択肢の外にある(M新聞は微妙)のだが、今回の件でより一層遠ざけることに決めた。

年末年始は更新休み

 今日から1月3日まで、佐賀の祖母宅に行く。夏にも述べたとおり、インターネットにアクセスする環境がないので、更新は1月4日以降順次行う。また、日程からもお分かりのとおり、大晦日から元旦にかけての西鉄天神大牟田線・太宰府線終夜運転レポート、および正月3が日に施行される正月ダイヤの調査も行わない。もしかしたら、太宰府線の工事との兼ね合いも見に佐賀から出張するかもしれないが。

曇りのち晴れのち嵐のち晴れのち雨のち……

 「のち」に対してゲシュタルト崩壊が起きそうだ。今日の天気を表現するとタイトルのようになる。せっかくの冬休み初日であるから、新鳥栖駅の調査にでも行こうと考えたが、その矢先の暴風、そして大雨。ものの15分ほどで止んで晴れ渡った――らまた暴風雨。通常比10倍速ものめまぐるしさで変化し続ける天気に根負けして昼寝したら、いつの間にか日が落ちていた。

帰宅日記・年末年始休業の始まり

 2010年最後の授業、情報科学3はいつも通り18:10に終了した。それから鉄研の部室に行ったが、来たのはOz君だけ。里帰りの準備をする人も多いだろうから、おそらくこれ以上は来ないだろう。というわけで、暖房器具がないすきま風だらけの部室からは早々に撤収し、いつも昼食をとっている学食「ビッグさんどメインダイニング」でバスのラッシュが収まるのを待つ。当初は18:45頃のバスにのるつもりで暇つぶしをしていたのだが、2人揃ってopenBVEによる北越急行ほくほく線の運転に熱中(Oz君が運転、僕は横から覗き込む)していたら、いつの間にかその18:45になっていたので、少し後のバスにずらすことになった。

 今日は久し振りに山の下こと九大ビッグオレンジ前からバスに乗る。19:02発、横浜西経由である。長時間の信号待ちに引っかかることなく、5分先行の周船寺経由のバスに九大学研都市駅ロータリーで追いついた。

 九大学研都市19:20発、福岡空港行普通730Cは2000系第22編成による運行。今年を締めくくる列車としては最上である。そしてちょうど向かい側に入ってきた西唐津行快速1655Cは、非常に珍しいことに、103系1500番台の3両編成(福岡空港方)と、6両編成のうち西唐津方半分の3両の組み合わせで編成が組まれていた。つまり、運転台付きの車両と、運転台なしの中間車が真ん中でつながるというかなりレアな光景であった。残念なことに、西唐津方の3両の編成番号は分からなかったが、福岡空港方の3両編成はE12編成であった。

 福岡(天神)からは大牟田行特急A201列車(5000形5127編成+5010編成)と大善寺行普通2193列車(6050形6053編成)を乗り継いで帰宅。20:29に三国が丘到着。家に帰ると、北側と南側の庭先に今朝までに降った雪がまだ残っていた。