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大いなる山場(=中間試験)&薬物乱用未然防止講演会

 今日の授業は3、4限。そのうち4限の力学基礎・同演習は前半内容の中間試験になっていた。いつもならほけっとしている朝家を出るまでの時間に復習をし、来る途中でもいつもの読書ではなくて力学の教科書の読書。中間試験で落とすと、より難易度の上がる定期試験の方で成績を向上させなければならず、すなわち単位の危機。全内容が半期一括になっているせいで、落とすと1年後に詰んでしまう。クラスの他のみんなも揃って燃え上がっていた。幸いにも全て解くことができたので、ひとまずは安心。

 4限終了後、16:30から18:00までは鉄研部室でだらだらと過ごす。部室には他にKnさんとOz君。そして18:30から19:30までは薬物乱用未然防止講演会に参加した。学校から各部活・サークルから最低1名参加して他の部員に伝えるよう指令が下っていたので、ならば2人行っても問題は有るまいと、もともと参加するOz君にくっついて行った。この講習会は伊都キャンパスに講師の方を招いて講演をし、その音声と映像を箱崎キャンパス・大橋キャンパスに中継するというとても面白い形で行われた。それではなぜ講師の方をわざわざ福岡市西部の山の中に招いて、交通の便利な箱崎・大橋から中継としなかったのか。理由は明快で、部活・サークルに参加している学生は大抵伊都にいるからである。いくら中継先の映像に学生の姿がたくさん見えても、目の前の席(箱崎 or 大橋)に誰もいなかったら示しがつかない。

 講師の方は厚生労働省九州厚生局麻薬取締部の方だった。現場で活動されている方らしく、僕がこれまで受けてきた薬物乱用防止の講義(薬物の種類の例示、乱用していた人の腕の写真など)より1歩踏み込んだ、大麻栽培現場の強制捜査の場面例示や、薬物乱用者の様子などの話を聴くことができた。会場にはNHKの取材が来ていた。(翌日のニュースで放送されたそうだが、うちの家族いわく、講師の方の姿は映されていなかったし、名前も出されてはいなかったそうだ。やはり暴力団などが関わるだけに、おおっぴらに晒すことは避けられているのだろう。)

第63回九大祭(2日目)

登校日記(省スペース版)

 今日も早起きしなければならない。昨日は起こされたが、今日は5:15の目覚ましと同時に目がぱっちりと覚めた。昨日と同じ三国が丘6:19発の福岡(天神)行普通2052列車に乗って出発。

  • 2052列車(普通 福岡(天神)行):6050形6054編成(三国が丘6:19‐筑紫6:24)
  • G052列車(急行 福岡(天神)行):5000形5117編成+5xxx編成(7両)(筑紫6:30‐福岡(天神)6:55)
  • 621C(普通 西唐津行):303系K01編成(天神6:58‐九大学研都市7:22)

 621Cでは地下鉄空港線、JR筑肥線の両方で運転士見習訓練が行われており、空港線内で手動運転となっていた。姪浜からOz君も合流。昭和バス九州大学線は手厚く臨時便が運行され、昨日のような待ちぼうけを食らうことはなかった。九大ビッグオレンジ前7:40到着。展示会場の教室はすでに開錠されていた。無人で開けっ放しにするとは、極めて危険性が高い。まあ、わざわざこんな山奥までやってきて窃盗を働く人間がいるとも思えないが。

九大祭展示

 前日の展示終了時に、「翌日の1番列車」と称して各線に最初に走らせる編成を留置していたのだが、展示の最初にクリーニングカーを走らせることになったので、それらの編成を再度入庫させる。ついでクリーニングカーと牽引機関車を設置し、各線のほこり取りとクリーニング液による拭き上げを行う。片方の車両の見た目からして、まさに「マヤ検」と呼ぶにふさわしい。8の字線のクリーニングでは片方を「逆走」させて、両方のクリーニングカーを並走させたりもした。牽引機がED75とEF64だったので、交流機と直流機が並ぶという黒磯駅のような光景になった。

 線路クリーニング終了後、各編成を車庫留置線から引き出して正常に走るかどうかの試運転。今日も8の字線を担当し、終了する頃にはもう9:30を回っていた。鉄研の誰もが時間の経過を忘れるほどに、鉄道模型の魅力は素晴らしい。試運転を終えたら開場。ちなみに会場に展示している西鉄の方向幕も、ここに来てから会場までの間はちゃんと「試運転」を掲示させていた。今日は8の字線外回りのコントローラー横に「出入庫後 分岐器本線側に切り替え よいか?」と確認標(メモ紙製)を設置した。これにより短絡事故が減ればいいのだが。鉄道では「よいか?」のように見る人自身に判断させる標識が多い。ちなみに近場のJR九州鹿児島本線、教育大前(上り)と水巻(下り)の手前には、「準快速?」と運転士に列車種別を尋ねる標識がある。どちらの駅も、準快速だけが停車する最初の駅である。この手の標識でドキッとするのは車両基地などにある「入信よいか?」「入信確認」の標識。宗教(いろいろあるけど、「鉄道教」なんかはどうだろう?)への入信(にゅうしん)を確かめるものではなく、入信(いれしん・入換信号機のこと)の現示を確かめるもの。

 今日のお客さんの出足も、昼前から徐々に多くなってくる感じである。相変わらず小さい子たちがたくさん来てくれる。今日の特記すべき子は、昼過ぎに来ていた子である。走行車両の取り替えを頼んできたのだが、その時の僕への呼びかけが「マニアさん」。素晴らしいまでに事実を表している呼び名で不満はないが、「お兄さん」あるいは、僕の風貌からして「おじさん」でもいいから、別の呼びかけはなかったんだろうか。

 今日起こったトラブルは以下のとおり。

  • 883系、またしてもカーブ・分岐器通過時(とりわけ車庫入れ時)に脱線を繰り返す。対策として、留置場所をカーブの少ない線に変更。
  • 外側線車庫のうち、西鉄2000形とED76+14系を留置する線に関わる分岐器の不調。分岐器上で動力車が停止してしまう。
  • またしても分岐器転換ミスによる短絡事故。連動装置とATSの設置が必要。
  • 会員専用の周回線で、貨物列車の後部分離事故。こればかりは致し方ない。

 昼過ぎ頃に昼食を買いに出る。今日は少し会場を歩いて、理学部生物学科の1年生有志が出しているテントへ。そこで客引きをしていた人が、かつて高校が一緒だったそうだが、こちらのザルみたいな記憶には全く残っていなかった。鉄道車両の形式称号と外観ならあっという間に照合できるのに、また、漫画やライトノベルのキャラクターは簡単に名前を記憶できるのに、何故か人間限定で記憶力がほとんど働かない。

 13:50から14:30までは、展示会場すぐ近くにある仮設水道の掃除とチェック役が回ってきた。僕とKnさんで担当。食べ物の残りはゴミ箱に捨てるよう書いてあるのだが、流し台の1つにはご飯粒の山。集めると両手ですくえる程になった。こんなに無駄にするやつには罰を当ててやる。さらに、油を流すのもご法度になっていたが、流し台の1つに落ちていたスポンジを握った瞬間、手がヌルリ。水で洗うと何とも水を弾くこと弾くこと。石鹸で手を洗いに2階のトイレまで走った。14:30からは「焼き鳥サークル」なる謎のサークルの皆さんに交代。

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 夕方からは、展示走行車両のうち、802Tさん(9月の新入生歓迎旅行でお会いして以来。土日の2日間、スタッフとしてもご助力をいただいた)からご提供いただいている車両の収納作業が始まる。今回の展示車両のうち、8の字線を走行していた車両の多くは802Tさんのもの。留置線を埋めていた車両が徐々に姿を消していく光景は、徐々に寂れていくような感じを受ける。それに合わせて、留置車両の入れ替え再配置を行い、2編成併結していた415系を鋼製車と1500番台に分割。これにより8の字線内回りの奥側の車庫が用途廃止となった。第1種車止めを設置してみたくなったが、残念ながら手元にそれを実現するための材料がなかった。

 最後の1時間ほど、19:30の展示終了までは車内灯の光る車両を用い、「夜行列車」を再現。昼間は新幹線を走らせていた環状線にキハ40・58・35?などの混成気動車を2編成配備、会員専用の周回線にはEF64牽引の24系寝台車(さて列車は何だったかな?)、8の字線にDD51+オハフ12+50系という、末期のトイレ対策編成を再現した客車列車と、787系「つばめ」9両編成を走行させた。最後のお客さんと少しばかり話をして、締めには自分で運転をする。DD51牽引の列車を、より本物らしくゆっくりと引き出して走らせる。コントローラーのつまみをゆっくりと連続的に動かすとうまく再現できる。

 展示終了後、直ちに車両が全て撤収され、直ちに線路の撤去作業が始まった。その早業たるや、西鉄宮地岳線西鉄新宮~津屋崎間の廃止後の施設撤去並み。間違っても島原鉄道の島原鉄道線・島原外港~加津佐間のように、廃止後1か月を経ても朽ちた線路が残っていたところとは違う。(ちなみに島原鉄道の方は、撤去が始まったらあっという間に進み、8月の時点ではすでに線路が消失していたことを確認している。)施錠に来た20:00までに、一番線路の多かった会員専用周回線の車庫を除いて全ての線路の分解、大雑把な区分は完了した。

第63回九大祭(1日目)

 展示場に使っている教室は、伊都キャンパスセンター2号館1階の2106教室。1階という1番人の出入りが多い場所を今年も確保することができたらしい。ちなみに1階にある4教室の他の割り当ては、南隣の2103教室がジャズ研究会のジャズ喫茶、その西隣、2104教室がアニメーション研究会、鉄研の西隣2105教室はBLS体験コーナー(心臓マッサージやAEDを実践体験する)だ。

 初日は展示開始を若干遅らせ、まだ配置が済んでいない車両の配置作業と、車両の試運転を実施。予定(と言いつつもどこにも書いてはいなかったのだが)より約1時間遅い10:00頃から公開を始めた。最初の方は人の入りも少ない。人気(にんき)がないわけでは断じて無い。人気(ひとけ)が無いのだ。九大祭の来場客そのものが。この時間に伊都キャンパスにたどり着いているためには、地下鉄・JR&昭和バスであっても西鉄バス九大急行であっても9:00頃に天神を出発していなければならず、それよりも遠くなればそれこそ朝8:30やら8:00やらに家を出なければならない。我が家基準では何も無い週末は8:30になってようやく朝食ができようかという時間。九大祭に参加していない大学生諸君はまだグースカ寝ているに違いない。

 昼前から小さい子ども連れでご来場くださる方が増えてきて、鉄研の展示場も賑わってくる。見に来られた方に模型の運転を勧め、実際にコントローラーを操作してもらう。僕が主に世話を担当するのは8の字コースの外回り・内回り。配置車両は外回りがJR九州の303系、811系(8両編成・12両編成)、ED76+14系寝台車6両「富士」、787系9両編成(昔の「つばめ」)、7両編成「リレーつばめ」、JR東日本E231系10両編成、西鉄2000形2051編成の8編成。交直流、狭軌(1067mm)・標準軌(1435mm)の区別はない。というより8の字線の展示車両のうち、2000形だけが標準軌車だ。内回りの配置車両はJR九州103系1500番台、415系(鋼製車・1500番台併結)、783系(かもめ・みどり・ハウステンボス)、813系、883系「ソニック」旧塗色(水色)、885系「白いかもめ」、キハ71系「ゆふいんの森1世」、キハ66・67形「シーサイドライナー」、キハ200系4両赤塗色。これらを適宜入換により出入庫させつつ走らせる。今回は分岐器遠隔操作(現実におけるCTCのように)のための配線が煩雑になりすぎるため、車庫の分岐器は全て現場手動扱い。運転事故による車両破損防止のため、運転方向や分岐器転換を1つ1つ指差喚呼して確認。

 運転時にはトラブルもつきもの。上のように確認をしていても、分岐器転換ミスによる軌道短絡事故を初日に延べ10数回起こした。鉄道模型はレールに電流を流して車両のモーターを回すため、分岐器に背向側【横から線路が寄り添ってくる方向。分岐側に進むためにスイッチバックを必要とする】から進入するとき、分岐器が車両の走ってくる側に開通していないと、車輪によって一方の線路の+極側と他方の線路の-極側が直接触れて短絡(ショート)してしまう。また、883系は振り子機構も再現してあったのだが、その動作の副作用によりカーブ通過時によく脱線していて復旧に手間がかかったりもした。さらに、車両入換作業で車庫側を確認しているときに、コントローラーを小さい子がいきなりぐいっとひねって、線路から車両が抜けてしまったり。

 14:00頃にはうちの家族(父・母・双子の姉)が揃って見学に来ていた。その時は883系の何度目かの脱線復旧作業にかかりきりになっていたため、ちらりと見ただけで細かく応対はしなかった。14:15頃にようやく昼食。展示会場の斜め前で露店を営業していた、生物研究部の塩焼そばを求めた。生物研究部と我が鉄研は、課外活動施設1においてコンクリート壁を隔てた隣同士。ちなみに上の空いた薄いスチール壁を隔てて隣同士なのは探検部。4階の最も奥に並んで変人の巣窟個性豊かな集まりができている。

 今日ご訪問頂いたお客さんの中で、特筆すべき方は2人(大人1人、子ども1人)。昼過ぎにいらっしゃった年輩のご夫婦で、旦那さんのほうがJR九州に現役の運転士としてお勤めであった。その時は丁度883系「ソニック」を8の字内回り線に出していて、それを運転していただいたのだが、この方がまさに実際の「ソニック」を運転していらした。鉄研的には最敬礼すべき方である。そして、特筆すべき子ども1人というのは、今日の展示の始めから終わりまで、断続的に姿を見せ、延べ4時間近くも滞在していた子のことである。気づいたらどこかのコントローラーの前にその姿があるくらい。鉄研の会員以外では、一般に開放している線を全て運転した唯一の人物ではないだろうか。

 17:30をもって1日目の展示を終了。実行委員が鍵をかけに来るまではみんなで留守番。九大祭でおそらく最も高価なものが転がっている部屋だから、細心の注意を払わなければならない。使うものの金銭的価値から言えば、ジャズ研のギターやドラムス、アンプなんかも同じくらいありそうだが、鉄道模型は軽くて持ち運びしやすいから盗まれやすいし、一方、持ち運びできるギターを会場の教室に放置するギタリストなどまずいないはず。会場の教室を出られた時には、すでに18:00を回っていた。

第63回九大祭準備

 今日は丸1日全学教育が休講となり、20(土)、21(日)の両日に行われる第63回九大祭のための準備日となっていた。朝8:30から夜18:30まで、鉄道模型展示の準備をし、そして完全には終わらなかった。鉄道研究同好会の展示は、ほぼ全力を鉄道模型に傾注し、その他の展示は残念ながらさほど多くはできないのが惜しまれる。ちなみに今年出す予定(のはず)の会誌「鉄路」は、数人分の原稿が出来上がった段階に留まっている。いつごろ出せるか分からないため、僕の分の原稿は数日内に自Webサイト「青竹倉庫」の方に放りこんで公開する予定。

九州大学伊都キャンパス・センターゾーン大屋根設置工事完了

 今年5月下旬より、伊都キャンパスのセンターゾーンにおいて、1号館と2号館を結ぶ連絡通路の上に大屋根をかける工事が行われており、先日工事が終了した。そして今日、工事現場周辺の立ち入り規制が解除され、5か月ぶりに建物の間にある広場が使えるようになった。

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 この大屋根、元々設置する予定だったが、予算不足(屋根の設置に2億円を要するという)のため、2009年4月のセンターゾーン供用開始時には台座工事だけにとどまっていた。今年に入って設置工事が行われたのだが、やはり後から工事するのは色々と無駄が多かった。この工事にあたって、まず広場のコンクリートタイルをはがす必要があった。それから重機を入れて工事を行い、終わったらまたコンクリートタイルを設置し直した。一挙に工事していればコンクリートタイルを扱う手間と費用が省けたはずなのに……。屋根の材質にガラスなんか使うから予算オーバー……。ポリカーボネートでよかったんじゃないかな?(情報元は、総合科目「伊都キャンパスを科学する」講義内容の又聞き)

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 そして今日の帰り、もうひとつの工事現場を見てぶったまげた。同じく伊都キャンパスセンターゾーン、比較社会文化・言語文化研究院棟の前に同大学院の事務棟が新設されている。建物本体の建設工事の時にも、わざわざ空き地に土山を作り、丁寧に芝を養生して小さな緑の丘みたく整備してあった(九州大学Webサイトトップページ真ん中の写真奥がそれである・センターゾーン入口に現存する別の小山は、この文章の横の写真を見て欲しい)のを、ブルドーザーかショベルカーか何かで見事に破壊して均してしまうという(景観と財源にとって)もったいないことをしでかした過去があるのだが、今回のはそれをさらに上回っていた。新設された事務棟に横付けするようにロータリーを作り替えるのに際して、既存のロータリーの端を縁どるようにあった側溝のフタ(嵌め殺しで取り外せない)を、事も有ろうに削岩機で砕いていた。供用開始からわずか1年半での取り壊し、始めから外せるフタにしておけばよかったのになあ。このご時世、「事業仕分け」の俎上に乗せられたら、真っ先に工事費の無駄遣いと指摘されることは必至だ。

大学後期授業開始・登校日記

 今日から大学の後期の授業が始まった。とはいえすぐに土日を迎えるのだが。10月からは元通り福岡市交通局の「ちかパス」持ちに戻るので、心置きなく地下鉄に乗り放題。ちなみに、「ちかパス」を持っていなかった時期(8月8日~9月30日)の地下鉄利用はわずかに2回だった。

 久々に朝早い三国が丘駅に出向き、共に通う友人と会う。彼も僕同様、9月後半は何もすることがなくてダレていたらしい。(アルバイトが入っていなかったという)6:41発、福岡(天神)行普通J062列車は3000形3009編成。ここしばらく、混雑した列車に乗っていなかったので調子が狂う。福岡(天神)到着時には2人揃って疲れきっていた。

 天神からは友人が西鉄バス九大急行、僕が地下鉄と、前期と同じ交通機関を使う。天神7:24発の筑前前原行433Cは、福岡市交通局2000系の第21編成だった。久々に今津湾を拝んで7:48九大学研都市着。

 昭和バス九州大学線は、後期になって授業時間割が変わったため混雑具合も変化している。前期より心持ち朝の乗客が増えているような。周船寺経由の続行臨時便に乗り、8:15九大ビッグオレンジ前到着。2ヶ月ぶりだったので慣れた身体が元に戻ってしまったようだ。

フィールド科学研究入門 4日目(最終日)後編「『フェリー屋久島2』乗船録・宮之浦港→鹿児島本港」

 タラップを上ったところで乗船券を係の人に渡し、3日ぶりの船の上へ。2等船室に行き、腰を落ち着ける。行くときはこっぱげたカーペットの方に座ってしまったので、帰りはしっかり観察して新しいカーペットが使われている方を選んだ。ちょうど時刻は13:00を回っていたので、「わいわいらんど」で買ってからここまで振り回してきた弁当を食べることにする。値段は手頃、量もいい感じで、美味しく頂いた。船には僕達一行の他、いくつかのグループや島の人が乗り込んできており、2等船室はここに来たときの便よりも多くの人で賑わっていた。

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 やがて13:30になり、船がゆっくりと動き始めたので、デジカメだけを抱えて船の左舷前方(第三甲板だったかな?)に行く。ちょうど眼下に見えているウインチが備えられた甲板ではすでに係留ロープの巻き取りが完了しており、作業員の方が最後の作業を行っていた。汽笛を響かせ、微速後進しつつ港の中で船の向きを入れ替える。方向転換は7分ほどで完了し、機関が全速前進に切り替わる。13:39、宮之浦港の最後の防波堤を通過した。

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 宮之浦港を出港したら直ちに外洋になるため、波は往路よりもはるかに穏やかであるものの、少しではあるが上下動がある。事前のコース別説明会でY教授が言っていた「トビウオを見ることが出来る」という言葉を受けて、濃い青緑色をした海面をぐっと注視する。すると海面を滑るように走る小さく光る物体が多数見られた。トビウオは本当に海面上を飛んでいた。「バッシャーン」という派手な感じではなくて、「チチチッ――チッ――チッ――チッ」という飛び方をする。せっかく写真に撮ろうと思ったのだが、デジカメの画面を覗き込んでも、トビウオが小さくて何も見えない。こんな時は家に転がしてきている自分のカメラがあったらよかったなあ、とも思うが、あんなデカイものを抱えて山登りなぞできっこない。海面を見ると水を切って生まれた白い泡が急速に後方に去っていく。いつしか後方の屋久島の姿も見えなくなっていた。しばらく待ってもトビウオの群れが出てこなくなったので船室に戻り、横になる。往路では船酔いを引き起こした長い周期の揺れも逆に気持ちいい。エンジンの響きも最高…………

 …………ふと気づいて腕時計を見ると、時刻は16:10。最後に時計を見たのが14:10だったから、2時間ほど身じろぎせずに眠りに落ちていたことになる。船室を見渡すと、起きっぱなしでワイワイやっているのは僕達一行のうち1グループのみ。その他の人や別のお客さんは大抵横になって昼寝をしているか、読書に勤しんでいた。再び外に出る。さっきいた左舷前方には先客がいたので、次は右舷前方へ。すでに内海に入っており、西側に薩摩半島、東側に大隅半島が連なる。ちょっと左舷側に行くと、開聞岳の姿が見えたので撮影。残念ながら山頂部は厚い雲の中だった。それから10分足らずでこの船の西側を高速船が通過していった。その目的地は種子島か屋久島か。再び右舷に戻って、何とは無しに景色を眺める。するとちょうどY教授も通りかかって、北北東の方角遠くにうっすらと見えている山が霧島連山だと教えてくれた。

 16:50頃に桜島の見え方が角度的に良くなったのでここぞとばかりに写真を撮る。いよいよ鹿児島の市街地が見えてきて、17:00にブリッジからの「入港30分前」という通達が放送された。遠くに桜島フェリーがかなり短い間隔で行き来しているのを見つつ、眼下の甲板で作業員の方が今度は係留ロープを陸に渡すための準備を始めていた。17:20には種子島行の貨物フェリーとすれ違い、いよいよ鹿児島港の「KAGOSHIMA」という文字が嵌めこまれた防波堤が近づいてきた。船は速度を落として岸壁に接近。あと少しで接岸というところで、甲板の作業員の方が、係留ロープの先についた細いロープのさらにその先にくっついているロケットのようなものを船の発射台に取り付け、陸に向けて放物線を描くように打ち込んだ。陸側の作業員の方が細いロープを拾ってたぐりよせ、係留ロープを係船柱(ボラード)に引っ掛けていた。17:32、鹿児島本港南埠頭着。

 下船するお客さんがもうタラップのところに列を作り始めていたので、急いで船室に戻って荷物を回収する。ついに鹿児島に帰ってきた。最後に昼食の弁当ガラを南埠頭旅客ターミナルのゴミ箱に捨てて、僕のフィールド科学研究入門は終了した。

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