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中の人引っ越し、および「西鉄車両運用レポート」定期更新の終了について

(「すでに不定期じゃないか!」という指摘はご勘弁ください……)

今春、大学院卒業および就職に伴い、私・青竹は福岡県小郡市から神奈川県横浜市へ引っ越します。3月29日に出立しますので、その日をもって自分自身の目による、西鉄天神大牟田線・太宰府線の車両運用の定期的調査活動を終了します。

今後は、重要な時にtwitterに寄せられた情報をまとめたり、季節に1回程度、福岡に帰省する折に不定期に運用調査して報告したりする方向性で、「西鉄車両運用レポート」を継続したいと思います。定期調査終了まで、あと1回か2回ほどお付き合いくださいませ。

蛇足1「来し方を振り返ると死亡フラグになるという風潮」

私は生まれてから25年 + 半月、現住所(実家)から引っ越したことがありません。つまり、一貫して西鉄電車が身近な存在でしたし、西鉄といえば「電車の会社」という認識です。それは今でも変わりません。最寄り駅も一貫して三国が丘……と言いたい所ですが、実は三国が丘駅が開業したのは1992年3月25日【昨日で24周年】なので、生まれてから1年と少しの間は津古駅と三沢駅が最寄りであったそうです。親曰く、津古駅へ行く道が全く無かった(工事中)ため三沢駅を利用するしか無く、一回、工事中の道路予定地を津古駅へ向けて強行突破したら工事現場の人に怒られたとのこと。

自分の記憶に残っている中では三国が丘駅はすでに開業していて、親に連れられて駅の近くの歩道から電車を眺めたり、病院に行くために月に1~2回は実際に乗って久留米方面に行っていました。一番印象に残っているのは1000形で、当時唯一の片開きドア、前面非貫通の2枚窓、そして他の車両と一味違う加速力の高さをはっきりと感じたのを覚えています。そしてたまには家族で天神まで出かけたりもして、その時に「普通電車は青、急行電車は黄色(2000形)、特急電車は赤(8000形)」と覚えました。

小学校に上がった1997年(平成9年)からは、父親と西鉄電車のスタンプラリー「チャレンジポン」に参加し、それで全線を巡りました。1997年の「チャレンジポン」はコースが2つあり、上級「チャンピオンコース」は大牟田線の普通列車のみ停車駅、太宰府線、甘木線の途中駅に容赦なくチェックポイントが置かれ、しかも駅から出て間違い探しの現物を拝みに行かなければならないという凄まじいめんどくささでした。公式配布のダイヤグラムを駆使しなければ1日のうちに回り切ることすらおぼつかないという難易度ゆえ、どのくらいのマニア層がクリアできたかは不明です。翌1998年からはだいぶポイントが絞られ、最末期は主要駅だけで完結するようになり、2002年頃を最後にスタンプラリーは実施されていません。

中学校の頃は一時的に西鉄電車を追うことから離れていたように思います。まだ自分で写真を撮り始める前でしたので、その頃の資料は時刻表とダイヤグラムしかありません。ちょうどその時期に南部の普通列車がワンマン化され、一時的に2連の600形初期車が甘木~大牟田間を疾走していたそうですが、全く拝んだ記憶がありません。また、600形・700形・2000形が活躍していた最後の時期でもありましたので、写真の1枚も撮っていないことを今でも悔いています。

高校に進学してからは、三国が丘~久留米間を電車で通学するようになりました。まだその頃は車両に対して「○○形だな」と思うことはあっても、編成の詳細にはあまり注意を払っていませんでした。2006年4月~2009年3月の間、行きがけの花畑行き普通列車が6000形・6050形7両編成で、土曜課外の帰り、昼頃の急行列車で6000形6両編成に出会っていたことを覚えています。その後1年間の予備校時代は2000形の世話になることが増えました。

車両運用に興味を持って調べ始めたのは2010年の4月、大学に通い始めた頃からでした。当初は同じ年の3月ダイヤ改正で定期運用を引退した2000形の2021編成・2031編成のみに注目して、当時書いていた初代のブログ「青竹雑記帖」に目撃情報を書いていました。その後、他の編成の動きにも注目し始め、2000形が完全引退した後から日中急行7運用のレポートを投稿するようになりました。日中特急、急行、北部区間普通列車の運用を初めて全部調べてレポートしたのは2012年3月24日、2012年ダイヤ改正初日でした。

運用を見始めて6年、本格的に調査をするようになって4年間、西鉄電車には多くの動きがありました。2000形の引退および3000形の増備にはじまり、8000形改装による「太宰府観光列車『旅人』」運行開始と、それに伴う17年ぶりの列車体系変更(太宰府行き急行列車新設)がありました。2015年には貝塚線313形315編成の引退、救援車900形901編成の営業復帰および911編成の登場、8000形の引退開始、8000形「柳川観光列車『水都』」の誕生と、予想を超えた動きも見られました。そして2016年に入り、新型通勤電車「9000形」の計画発表と5000形引退予定の発表も行われています。

西鉄電車が身近にあった25年間、通学で使った10年間がもうすぐ一区切りとなります。とはいえ縁が切れることはありません。インターネット上で沿線のファンの方々と交流したり、季節に1回程度の実家帰省で実際に利用したり、それ以外にも福岡に来るべき用事をきっちり作ってありますので、今後とも大いに西鉄の沼につかり続ける所存です。なにより、ダイヤ改正にあたっては運用一覧を作成しなければなりませんし(^_^;)

蛇足2「新年度からの雑記帖更新ネタの行方」

新雑記帖になってから、車両運用レポート以外の記事をろくに書いていませんね……他の話題もふんだんに書いていたら、唐突にブログの方向性が変わって見えることもないのでしょうけど。西鉄の駅めぐりなり、運用を1個ずつ全部解説していくなり、あるいは行った先の鉄道路線で運用鉄の”修行”をしてそちらにも手を広げたり、旅行記を書いたりしていきましょうか。

今後とも「青竹雑記帖(新)」をご笑覧頂ければ幸いです。

蛇足3

そろそろタイトルの「(新)」を別のものに変えなければ……

前々から考えていた引っ越しを決断するの巻

2014年(平成26年)下半期、あけましておめでとうございます。

突然ですが(と言いつつ、半年くらい前から構想を練っていたのですが)、引っ越しを決断しました。……自分の実際の家のことではありません。ブログとウェブサイトのことです。

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