鉄研忘年会(後編)

 吉塚到着後、しばし列車の撮影会をしてから友人ゲートを通って改札を出場。博多から160円の切符を記念にもらった謎の集団として認知されたかもしれない。ここから先は夕方の「食い会」まで適当に行動する。僕はOz君といつものコンビを組んで、ひとまず福岡市地下鉄箱崎線の馬出九大病院前駅に移動。吉塚からはまっすぐに歩いて徒歩5分。途中で県営東公園のそばを通る。ちょうど道路から日蓮聖人の大きな像が見えて驚かされるが、これは東公園の敷地に隣接しているだけで、別に県営公園内に建っているわけではない。しかし地図で見ても航空写真で見ても東公園と一続きになっているようにしか見えない。ちなみに東公園にあるのは亀山上皇の像の方である。デカい像が2体も見える公園は福岡市内でもここだけ。

292列車 普通 貝塚行:2000系第20編成

 馬出九大病院前では、駅事務室の中に僕が大いに興味を寄せている装置が見えた。すなわち、馬出九大病院前の信号・転轍機を司る継電連動装置と連動制御盤。当駅の中洲川端方に折り返し用の渡り線があるため、それに関する信号(場内・出発・入換)を取り扱うためのものである。通常は総合指令所(姪浜か、はたまた交通局の本部がある赤坂か)から一括制御しているため、この制御盤の出番はない。ホームから見ると入換信号機に加え、1番線(貝塚方面)から中洲川端方面に折り返す列車のためのCRTモニター装置もきちんと設置されている。しかし、ここでの折り返し列車は箱崎線開業以来、一度も設定されたことはない。そもそも臨時需要があるとしたら、1駅貝塚寄りの箱崎宮前の方である。

 馬出九大病院前でどちらに進むか迷う。ちょうど貝塚方面と中洲川端方面の列車が同時刻だったので、「2000系がやってきた方の列車に乗ろう」とか、「編成番号が13以上だったらこっち、12以下だったらこっち」などとくじ引きのように選び方を考えていたが、ちょうどやって来た貝塚行の列車が2000系第20編成だったので、文句なく貝塚方面で決まった。列車に揺られて3駅、7分で終点の貝塚に到着。

1506列車 普通 新宮行:600形608編成

 貝塚からどうするかを考え、西鉄貝塚線を何駅かたどることにする。貝塚線に乗るのは6月5日以来。この日、鉄研と同時に所属していた落語研究会から撤退し、最後の借り物を返却しに九州大学箱崎キャンパスを訪れたその足で乗りに行った。その日は偶然にも西鉄最古参の313形315編成が運用についており、片道ではあるが乗車して楽しむことができた。今日は315編成が運用されているか分からない。改札の向こうに見えるホームに停車していたのは600形だった。乗車位置は西鉄新宮方乗務員室のすぐ後、運転台の斜め後ろの小さなロングシート。600形の座席は一昔前の規格で作られているので、目一杯奥に腰掛けても収まりはあまりよくない。僕のデカさを差し引けばいいのかもしれないが。つい4年前までは「宮地岳線最新にして、天神大牟田線最古の車両形式」と称することができたが、今では天神大牟田線には救援車として残るだけ。宮地岳線改め貝塚線最新の車両という肩書きは当分健在である。次に入れ替わるとしたら、福岡市地下鉄直通対応車になりそうな気がする。つい最近福岡市による試算結果も発表されていたから望みが全く無いわけではない。

 発車3分前に事務所から運転士氏がやって来て、発車の準備と案内放送を行う。最初の案内と列車交換時の対向列車待ちの案内を除くと、肉声放送は基本的になく、天神大牟田線で導入されているのと同種の音声合成装置による自動放送となる。古来の独特の響きをさせるスピーカーから新しい電子音声が流れるのも面白い。

 15:48、定時に貝塚を発車。乗客は2両で30名ほど。ちなみにこの列車は列車番号から分かるとおり、上り列車である。発車してすぐに貝塚線の車両を一手に預かる多々良車両基地の横を通る。ちょうど工場建屋内に1枚扉の車両、すなわち313形315編成が停まっているのを確認した。交番検査か重要部検査か分からないが、ひとまずしばらくは活躍しそうであるから何よりである。すでに天神大牟田線からは313形より後に生まれた車両が何形式も消滅しているのに、これだけが生き残っている理由は分からない。

 名島、西鉄千早、香椎宮前と過ぎ、次はどこで折り返すかが問題になる。313形が運用から抜けている以上、運賃との兼ね合いもあって終点まで乗ることは考えていない。昼間時間帯の列車交換が名島・西鉄香椎・和白で行われるため、和白まで進んでしまうと戻りの列車が同じ編成になってしまう。その結果、香椎花園前で下車することにした。15:59着、降りたのは僕達も含めて8名ほど。

1507列車 普通 貝塚行:600形606編成

 香椎花園前で降りて、それから何もしない。駅ロータリー向かいにあるファミリーマートの前まで行って折り返し、3分前に通った改札をまた通る。この駅は2007年3月31日限りで津屋崎‐西鉄新宮間が廃止されたときに、相対式2面2線だったホームのうち、駅本屋と反対側のホームが撤去されてホーム1面とそれに接する1線、ホームがない1線の構成になった。今でもホームのない線に入る進路は生きており、いつでも列車を入れることが出来るが、しばらく列車が入っていないために線路はすっかり錆びていた。

 16:10に下り貝塚行普通列車が到着。こちらは乗客が多く、立ち客が出ている。車体を揺らしながら60km/hを出して元来た道を駆け戻る。終点貝塚の1駅手前、名島では運転士氏がドアを閉めて運転台に着席したところでお客さんが1人走ってきたのでもう一度ドアを開けて乗せた。貝塚までの1駅間をわざわざ使ってくれるのだから、乗車時間の7倍も待たせるのは忍びない。16:23、貝塚着。車内の人が3分ほどですぐに接続する、福岡市地下鉄箱崎線の姪浜行普通列車に乗り換えるために走っていく。僕とOz君は車内に少し留まって、貝塚方の運転台にある方向幕設定器を見る。実を言うと、貝塚線の600形、313形には部分廃止前まで使っていた方向幕がそっくりそのまま残っている。幕のコマ番号は00「基点」から順に、01「試運転」・02「津屋崎」・03「三苫」・04「貝塚」・05「新宮」となっている。通常時は04と05だけを使うので、他の幕を見ることはない。また、宮地岳線時代から、通常運行時に回送列車は設定されたことがないため、「回送」幕はない。

329列車 普通 姪浜行:1000系第18編成

 貝塚では2列車分を見送り、ついでに箱崎九大前方の端で撮影をして、16:40発の姪浜行に乗る。この列車は僕達が乗ってきた貝塚線の列車の1本後、1601列車からの接続を受ける。乗り換え客が乗ってくる前は、6両編成の車内はすっからかんで、改札から一番離れている先頭車には全く人がいない。さて、いよいよ発車時刻になり、福岡市交通局恒例の「1番乗り場から、電車が発車します。扉にご注意ください。プルルル――」と放送が流れる。

 「――ルルルル――ルルルル――ルルルル――」……? 通常時は3秒で止まるはずのブザーが何時まで経っても止まらない。後ろのほうがガヤガヤしているので、貝塚線の列車が遅れたのだろう。結局30秒から1分くらいずっと「ルルルル――」と鳴らし続けて、ようやく発車。時刻は16:42、所定より2分遅れ。大方、貝塚線の列車が遅れて着くまで発車ベルを鳴らすのを待って、お客さんがこちらに走ってきた瞬間から急がせるために鳴らし続けたのだろう。

 貝塚出発時点ではスカスカだった車内は、少しずつお客さんが乗ってきて、馬出九大病院前で概ね席が埋まった。中洲川端からさらに進み、天神のホーム直前で空港線の線路と合流して到着。天神、16:53。

「食い会」

 忘年会の食事部、一般にはこちらが主役でしかも「飲み会」なのだが、鉄研的には旅行のほうが主役で、食事は文字通り「食う」のみ。そして、基本的に成年の参加者でも酒はほとんど全く飲まない。酒の出番は年2回、新入生歓迎会と九大祭後のOB会だけ。天神16:53着後、まだ2時間近くもあるためそれからカメラのキタムラ、ジュンク堂書店やらなんやらで時間を潰して待つ。最後は会場の「焼肉ウエスト 天神店」がある天神ロフトビルに行って、最上階から渡辺通りを見下ろしてバス観察。

 全員集合して、19:00少し前から2時間の焼肉・サラダバー・スイーツ食べ放題。バリバリ食べてやろうと意気込んでいたが、中学、高校時代から比べると多少は詰め込み力が落ちたのか、(僕基準で)大して食べないうちに腹一杯になってしまった。それでも総合すれば2.5人前くらいは行っていそうだが。

帰宅日記

 食べ放題タイム終了後、15分ほど腹休めをして支払い、そして出発。福岡(天神)駅南口は近いのでそこで他の人達と別れる。いつもの癖で北口まで遠回りしようとしていたが、そうしなくて正解だったようだ。次の下り急行列車は、柳川行急行H213列車で21:42発。その次は大牟田行の最終特急A221列車、22:00発。最終的に乗客が5000形6両編成(5128編成+5116編成)にぎっしり詰まって発車。二日市で花畑行普通2213列車(5000形5007編成)に乗り換えて、三国が丘22:16着。

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