鉄研忘年会(前編)・遙かなる旅【博多→吉塚】

 今日は鉄研の忘年会。午前中はちょっとした旅行をして、夜には焼き肉店で飲み会ならぬ「食い会」をすることになっている。旅の起点は博多、終点は吉塚。距離は1.8km、所要時間は3分……の約100倍。鉄道好きにはすぐにぴんと来るだろうが、書くのは後で。個人的には「時速」300mで線路沿いを歩くのも面白そうだと感じるのだが。

2080列車 普通 福岡(天神)行:3000形3012編成

 出発は三国が丘8:35発、2080列車。8時前から畳屋さんが来て、畳の運び出しを行っていただいたので、そのあたりで準備に手間取って危うく遅れるところだった。この列車は平日ダイヤと土曜休日ダイヤでほとんど時刻変更がかからない、パターンダイヤの時間外の列車としては珍しい部類である。ついでにいうと充当車両も3000形5両で変わらない。しかし緩急接続については違いがあり、平日は二日市で後の特急A080列車と接続するが、土曜休日はその列車が福岡(天神)到着時刻はそのままに、大牟田発時刻を繰り上げて急行G084列車となるため、当列車との接続は筑紫になる。したがって僕はわずか2駅にして2080列車に別れを告げることになる。8:39、筑紫到着。

G084列車 急行 福岡(天神)行:5000形5130編成+51xx編成(6両)

 8:43に急行G084列車が到着。例によって先頭車に乗る。このスジは今年3月のダイヤ改正前までは、土曜休日ダイヤ唯一の2000形定期運用になっていた。特急A071列車で下った後、急行G084列車で上ってきて天神大牟田線を1往復し、J091列車として筑紫まで走って車両取り替え入庫。昨年の予備校時代は、9月からの授業が土曜日にも入っていたので、この列車で2000形に乗るのが楽しみだった。筑紫を出てすぐに、2時間後に通過するはずの筑豊本線(ネタバレ※1)をくぐり、1時間後に通過する鹿児島本線(ネタバレ※2)をまたぎ越し、すし詰めのような肉詰めのような状態になって9:11、福岡(天神)に到着。

436C 普通 福岡空港行:2000系第24編成

 地下鉄空港線の列車への接続時間は4分、毎週火曜日の西唐津行普通629Cへの乗り継ぎより1分短い。幸い商業施設の開店前で人はさして多くないので、小走りでいつものルート――北口階段からパルコ横の階段を駆け下り、中央口から地下鉄構内に突入。ホームにたどり着いたときは、まだ発車標には1駅手前の赤坂に停車中と出ていた。

 入線してきた編成は2000系第24編成。6号車3番扉の乗車口前に並ぶと、ちょうど目の前にOz君の姿が滑ってきて止まった。ちょうど乗車場所と同じ場所になるとは、不思議な偶然もあるものだ。列車に揺られ、9:21に博多到着。博多で下車する人はかなり多かったが、入れ替わりに乗ってくるキャリーバッグを引いた人の姿も多かった。福岡空港からどちらまで飛んで行かれるだろうか。

博多駅にて

 博多駅では在来線中央改札前に集合。今回の参加者は僕、Oz君、Nk君、Is会長、Knさん、Naさん、Hrさんの計7人。このうちNaさんは原田(ネタバレ※3)でお会いし、Hrさんは時間の都合上篠栗線経由でショートカットして桂川からの合流(ネタバレ※4・ここまで来れば明白である)となった。それぞれ券売機で切符を購入。旅行で買う切符は大抵価格も枚数も券面表記も大仰なものになりがちだが、今回は実にシンプル。「博多→160円区間」のエドモンソン券。普通の人なら列車に乗るためだけに使ったら後は見向きもしない。かくして9:40過ぎに改札をくぐり、隣の吉塚に向けて「壮大な」旅を始めた。

 1つ目の列車に乗る前に、6番乗り場に停車している1001M・特急「有明1号」の787系の写真をみんなで撮影。来年3月のダイヤ改正により「有明1号」は朝から夕方に移り、行き先は現在の武蔵塚(豊肥本線)から、はるか北の長洲までとなる。

3389M 快速 荒尾行:811系PM5編成+PM3編成(荒尾→)

 9:51、有明1号の停車している向かい側のホーム、5番乗り場に811系の8両編成が入線。3389M、荒尾行の快速列車である。博多で一斉に乗客が降りて先頭車はがらがらになったので余裕を持って最前列の座席を確保できた。811系の基本番台車は扉すぐ横の座席も転換できるようになっている。有明1号のすぐあとを追い、9:54に発車。進行方向右手側の3番ホームでは、783系の「みどり・ハウステンボス」8両編成が据え付けられ、やや離れた西引上線には「かもめ」5両編成が誘導を待っていた。もう少しすればちょうど連結光景を見ることができたのだが。「ハウステンボス」運転開始以来、485系の時代から長らく行われてきた博多駅での3階建て列車組成も、2011年3月11日をもって見納めとなる。「かもめ」と「みどり・ハウステンボス」の併結がなくなれば13両編成を組むことも無くなり、博多(と、肥前山口)で行うべき分割併合作業も消えてしまう。

 列車は信号にかかることなく快調に走る。「鈍速」と称したくなる博多‐鳥栖間の快速列車も、駅間だけを見れば割と速く走る。途中駅での待避が長いのだが。笹原を過ぎて間もなく、つい1時間前に通過した西鉄天神大牟田線の線路をくぐる。残念ながら、西鉄の列車が通りかかることはなかった。どちらの線も列車運行本数は割と多いのに、日中はなぜか示し合わせたように、同時交差がまれにしか発生しない。つい最近までは頻繁に実現していた、西鉄福岡(天神)毎時00分発の大牟田行特急と、JR博多毎時01分発の885系特急「かもめ」との同時交差も、なかなかお目にかかれなくなった。南福岡、大野城と下り、駅設置の計画があさっての方向に吹っ飛んでしまった太宰府信号場を通過し、10:09に二日市着。3分停車し、後の特急「かもめ13号」(885系)の通過を待つ。ミニ新幹線としても通用する外見と速さ(残念ながら在来線区間のみ。新幹線区間を走行するためには足回りの大改造が必要)で颯爽と去っていった後、こちらも本気を出して天拝山を通過、遠目にこれから通る筑豊本線の山口川橋梁と、2度目の西鉄天神大牟田線を見つつ、かつての仮塚峠(かんづかとうげ)を抜けて10:18に原田に到着。一応、自宅の最寄駅になるが、距離は4km離れているため利用しづらく、最近では専ら西鉄の定期券を猛活用して三国が丘→紫→(徒歩連絡)→JR二日市→原田以南・佐賀方面へという行き方になっている。以前は徒歩連絡として西鉄朝倉街道~JR天拝山のルートも使っていたが、両駅の発車時刻が絶妙にズレているせいで、どちらの乗り換えにもやたらと待ち時間が発生していたので最近では出番がない。

 原田では2番線(鹿児島下り本線)に到着したので、先頭車が跨線橋からはるかに離れた場所に停車する。それゆえ勝手知ったる下車客は基本的に最後部に固まっている。わざわざ先頭から降りる人は初心者、あるいは同類。今日の先頭からの下車客は鉄研一行――と、博多出発時点からずっと乗務員室直後に陣取っていた中高生1人。熱心に前を見ていたところからして、彼も我らが同類であるようだ。

6624D 普通 桂川行:キハ31 1(単行)

 そして僕のどうでもいい予想は当たった。件の彼も跨線橋を渡って原田駅0番乗り場、筑豊本線(原田線)のホームにやって来た。列車到着までは15分少々あるので、その間は通過していく列車の数々を見たり写真を撮ったりする。現在、原田駅を主役として通過していく「リレーつばめ」「有明」の787系は、来年3月の改正から数を減らす。昼間時間帯に見ることは極稀になるだろう。783系の13両編成も然り。家から微妙な距離にあるため、有名な撮影ポイントである原田駅近辺になかなか足を運ばないが、そろそろ本腰を入れようか。

 10:34、桂川からの6625Dが到着。直ちに折り返し6624Dとなる。降りてきた乗客は20人程、そしてこれから乗る人も同じくらいいる。閑散線区と称される割には利用客がそこそこいるのがこの区間の特徴とも言える。もっとも、うち最低7人(鉄研6人+件の彼)は大回り乗車であるからどう見ても定期外利用客。このキハ31に搭載された運賃箱の中身増加には寄与しない。やってきたキハ31はトップナンバー車で、中は全席転換クロスシート、濃い赤と茶のモケットになっている。

 10:39、列車は定時に出発。ちょうど鹿児島上り本線を通過していく783系の特急2010M「かもめ10号・みどり8号」と並走した。2010Mは「みどり」として、「ハウステンボス」編成を連結しているため、見た目は3階建て列車。編成が長いほうが長距離特急列車としての風格があるなあと思いつつ、こちらは右手にカーブして分かれていく。ホームが途切れる辺りで先頭と並んだのに、それから100m足らず先のカーブのところでは最後部と並んだ。

 切り通しを抜け、西鉄天神大牟田線と2度目の交差。少し離れた筑紫駅に、3000形の上り列車(時間からして、福岡(天神)行急行J102列車)が停車していて、タッチの差で列車交差は実現しなかった。国道200号線冷水峠経由の旧道と交差する踏切では、ちょうど峠の手前まで並走するバス路線、西鉄バス上西山線の浦の下行が待っていた。このバスは筑紫駅から走ってくるのだが、これから分かる事実が1つ。バスから列車に乗り換えることはできない。乗り換えて相互を利用しようと思う人なんか僕以外にいそうにもないけど。

 1駅目の筑前山家で1人下車。ここの信号設備(場内・出発信号)を復活させて、原田との間に2駅ほど作って区間列車を増発すれば多少は需要を喚起できると思うが、そのような計画は全くない。駅近くの広場に保存されている西鉄北九州線の路面電車と旧車体の西鉄バスに見送られ、冷水峠越えにかかる。列車は50km/h~60km/hでそろそろと登る。キハ31のエンジンにかかればこのくらいの峠でも造作なく登れるが、余り力が強いと日陰の露なんかで空転してしまうのかもしれない。つい数日前にもここを大回り乗車で通過したというOz君曰く、朝1番手の6620Dでは霜のせいで思い切り空転して、列車が5分遅れたという。

 浦ノ下トンネルを通り、いよいよ冷水トンネルに突入する。ふとそこで運転士氏が腰を浮かし、瞬間技で運転台直後の遮光幕を下ろした。そう、長大トンネル通過時には光の反射で前方の視界が阻害されるのを防ぐために、遮光幕を下ろさなければならない。本来なら筑前山家出発前に下ろすことになっているのだが、失念してあったのかもしれない。トンネルに入ると長い直線区間が続くので、エンジン全開で加速し85km/h程に至る。勾配の頂上に達する辺りでマスコンを戻し、速度を落としつつ下る。トンネルを抜け、数年ぶりに筑豊の地に足を踏み入れた。

 2駅目の筑前内野では1人乗車、次の上穂波で1人下車、10人乗車。すると次はもう終点の桂川である。今日は遅れることなく11:07、定時に到着した。桂川では全ての乗り場が電車の高さに合わせて嵩上げされているため、在来気動車であるキハ31の場合、車内ステップが逆段差として働いてしまう。そのことに対する注意を喚起するべく看板が立てられていたが、絵柄がキハ200。キハ200は電車ホームの高さに合わせたフラットな床面だったと思うが。ちなみに原田では、0番乗り場に限りホーム嵩上げを行っていないため、ステップが有効に機能する。この列車は桂川から回送となって直方に戻るらしく、方向幕は「回送」に合わせられていた。

2632H 普通 直方行:817系1000番台VG105編成(2両)

 桂川でも鉄研一行と件の彼は同じように跨線橋を渡って1番乗り場に行き、直方行の普通列車に乗る。この列車にはHrさんが乗っており、これで一応全員合流となった。筑豊本線を走る817系1000番台は駅収受式ワンマン運転区間にのみ充当されるため、0番台と違って運賃箱と運賃表示器は準備工事のみとなっている。11:15に発車。駅の有効長がやたら長い天道を過ぎ、複線区間の端点である飯塚を通って9分ほどで新飯塚に到着。飯塚と新飯塚の間は1.8km程の距離である。Oz君と話していて出てきたのが、「新幹線絡みではなく、違う会社同士でもなくて、頭に『新』が付く駅と付かない駅が近くにあるのは珍しい」ということ。後になって調べてみると、「飯塚-新飯塚」、「水前寺-新水前寺」(豊肥本線)、「札幌-新札幌」(函館本線-千歳線)、「大楽毛-新大楽毛」(根室本線)、「旭川-新旭川」(石北本線)、「琴似-新琴似」(函館本線-札沼線)、「青森-新青森」(奥羽本線・新青森駅そのものは、12月4日の東北新幹線全線開業のはるか以前からあったのでカウント)の7つだけ。

 新飯塚でも20分弱の待ち合わせがある。後藤寺線の列車を待つ人は結構多い。11:37頃、原田から桂川まで乗ってきたキハ31 1の回送列車がゆっくりと通過していった。桂川から直方まで20.5kmも回送するのだから、ついでに快速列車として営業運転するのはどうだろうか。電車列車の快速は当区間においては勝野だけ通過となっているが、それだと遅くなるので飯塚・新飯塚・小竹停車くらいにすると速く出来る。

1551D 普通 田川後藤寺行:キハ31 3(単行)

 11:38にお客さんをたくさん載せた1548Dが到着。折り返し1551Dとなる。ホームに待っていた人をすべて吸収すると座席はほぼ一杯になり、数人ほど立ち客が出た。博多から同一行程の件の彼ももちろん同乗。今度のキハ31 3は全席転換クロスシートで、モケットはJR九州更新タイプ(青黒市松模様)になっている。11:47に発車すると、左手にカーブし、進路を東に向ける。国鉄全盛期には網の目のように路線があったこの地域も、炭鉱閉山後はことごとく赤字になって特定地方交通線としてばっさり廃止され、筑豊本線と日田彦山線をつなぐJR線は、この後藤寺線だけとなっている。同種の線は他に平成筑豊鉄道の伊田線があるだけ。沿線に住宅の姿は余り見られないが、下鴨生ではまとまった乗降があった。セメント工場の中に迷いこむように走って船尾に到着。すぐ近くにセメントが山となっているためか、ホームが白っぽく煤けている。12:07に田川後藤寺に到着。

952D 普通 小倉行:キハ147 1057+キハ147 xxx(小倉→)

 田川後藤寺では4分接続で、日田彦山線の小倉行普通列車に乗り換える。待っていたのはキハ147の2両編成。福岡県下のJR各線で、唯一JR世代の車両が走ったことがないのが日田彦山線の城野‐田川後藤寺間。田川後藤寺‐夜明間ではキハ125が運用に加わるようになった。

 田川後藤寺出発時点で、すでに空いているボックスはなくなっていた。各駅で乗客を集めていくと空席が無くなり、最終的に立ち客が20人弱となった。途中駅での乗降よりも、田川から小倉方面への直通需要が多いと見える。輸送力としては2両で十分、3両にするとちょっと空きすぎるかもしれない。城野で日豊本線に合流。昼間時間帯の小倉行列車は、数本ほど城野で行橋方面からの普通列車を先行させるものが存在する。952Dはそれには当てはまらないので、30秒停車でただちに出発。田川後藤寺から隣のボックスにお座りで、南小倉で降りて行かれた年配の方2人組も大回り乗車組であったようだった。13:01に西小倉到着。

4347M 快速 大牟田行:813系RMxxx編成+RM216編成(大牟田→)

 西小倉では、ちょうど上下のソニック(26号:小倉13:07着、23号:小倉13:06着)が鹿児島本線と日豊本線から小倉へ向けて合流し、追いかけあうように走っていった。これが撮影できるのは小倉に向けて走る列車に限られ、小倉発は両列車の進路が平面交差するために時間がずらされており、並んで走る光景は見られない。

 13:16に大牟田行の快速列車が到着。正真正銘の快速で、赤間‐折尾間で各駅に停車するパッタもん「準快速」ではない。博多からずっと一緒の件の彼も、この列車に乗り込んでいるのを確認した。

 13:35、折尾で上り本線に入ってきた快速門司港行4342Mの車両になんか見覚えがあると思って編成番号を確かめると、原田から博多まで乗った3389Mと同じ811系のPM5編成+PM3編成だった。あの車両が荒尾に行って、また折尾まで帰ってくる間に、僕達はくるりと回ってきたということになる。折尾から赤間までは無停車で突っ走る。これぞ快速という走りが見られる数少ない区間の1つである。このまま乗換駅の香椎まで追い越し無しで走りきれるかと(時刻表を見ずに)期待していたが、あと2駅の福工大前でついに待避線進入。後の特急3028M「ソニック28号」に追い越された。14:13、香椎に到着。博多発吉塚着の片道乗車券で最長距離を乗るためには、ここからさらに香椎線・篠栗線を通る。

 4347Mが香椎を出発した瞬間、急停車した。何があったのかとOz君が走って情報収集。すると、彼の高校の後輩が同じ列車に乗り合わせていたらしく、「踏切の非常警報装置が作動したため急停車した」旨放送があったという情報が提供された。列車は3分ほど停車した後、普通に発車していった。

755D 普通 宇美行:キハ47 133+キハ47 9051(宇美→)

 気がつくと香椎線の宇美行普通列車が入線したので乗り込む。香椎線には一時期キハ200系が投入され、キハ40系と共に運用されていたが、その後キハ40系エンジン未改良車(一部は改良車)に統一されて国鉄的見た目に逆戻りした。運転時分・線形的にそれで十分だと判断されたのだろう。ちなみに直方運輸センター所属のキハ40系のうち、香椎線運用に充当される博多運転区常駐車には、お手軽改造によるLED式行先表示機が設置されている。締まり屋のJR西日本広島支社でさえ、小さいながらも車体改造してLED式行先表示機を設置したのに、JR九州ときたら戸袋窓のところにサイズぴったりの表示機をネジ止めしただけという手軽さ。サボ時代よりも分かりやすくなっているので文句はない。「(上)西戸崎←→宇美/(下)雁ノ巣←→宇美」と2段に書かれたサボが差し込まれていたときには、上りも下りもどの行先なのかも分からない、香椎止まりではないことだけしか分からない。「香椎線」というサボが入っているのと変わらなかったのに比べれば格段の進歩である。

 列車はのっそりガタゴトと走り、14:36に長者原到着。ここの香椎線ホームには、駅長権限で操作できる「接続待ち」表示機がある。篠栗線側は場内・出発信号機を備えた停車場であるため、接続待ちの操作は博多総合指令センター持ち。

2647H 普通 博多行:817系1100番台VG1102編成

 最後を飾る篠栗線の列車は、例によって額が広い817系1100番台「大LED行先表示機」搭載車。車内は比較的混んでいた。この列車は長者原に14:40に入線したのだが、14:42に出発信号機が進行現示に変わるまでATS-SKの警報持続チャイムを止めなかった。他の線区では出発停止ならドアを開けたときにチャイムを解除しているのだが。

 列車は原町、柚須と走り、大きくカーブして鹿児島本線に並ぶ。14:50、博多出発から4時間57分を経て、ついに隣の駅・吉塚に到着した。

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